5 魔法阻害魔法「あああああ」

 ルガーは魔法を発動させた。ひどく真剣な顔で魔詞を詠唱している。


「〝それは古よりの我らの同胞、暗き夜を照らす灯り、蛮族を焼く炎、悪霊を祓う業火なり。顕現せよ、火炎イグニス!〟」


 すると指先から、不自然な程に赤い火炎が出現した。

 魔法による炎が発動したのだ。


「はあ……はあ…………!! どうだ。これが、俺様の魔法だ! どうだ、これでもくらえ!!」


 ルガーが炎を投げる。

 アルヴィは横に動き、すっと炎を回避した。

 実に気が抜けるような攻撃だ。

 長い詠唱の割には、驚くほど大したことのない魔法だった。

 そしてアルヴィの頭は別の疑問が沸き上がっていた。


「一つ聞いて良いか。火が欲しかったら、普通に火をつければいいんじゃないのか。しかもそんな小さな炎が何の役に立つんだ? 君は相当苦労して火炎魔法を発動させたが、俺は普通に回避した。ずいぶん疲れているようだが、労力に見合わないだろう」


 それはある意味では科学者としての純粋な疑問だった。

 が、アルヴィの純粋な疑問はこの世界の住民をひどく挑発するものだった。

 ルガーはアルヴィのセリフを聞いた途端、激高した。


「な、な、なんだと? この俺様の魔法を馬鹿にするのか! お前は魔法すら使えない、劣等貴族だろうが!! 神々の物語を信じる心が足りないお前に言われたくない!!」


「ああ、そうだったな。この世界の魔法の行使の仕方は〝そういうもの〟だったか……。中々大変だな」


 この世界には二種類の魔力がある。

 一つは人間の生命力であり、体内に存在する魔力――オド。

 もう一つは、濃淡はあれど大気中に存在する魔力――マナ。

 それら二つの要素を精神力や魔詞の詠唱によって任意の力に変換するのが、この世界の魔法だ。そしてそれは、アルヴィがかつて研究していた先端魔導からは大きくかけ離れたものだった。


「何を知った風なことを! じゃあお前は魔法を使えるのか!」


「使えないが、別に問題ないだろう。こうして農作業をすれば生きていける」


「減らず口を! だったら、もっとすごいのを見せてやる! 〝目覚めよ古き力、炎よ走れ、猛き怒りとともに…………〟」


 ルガーの怒りは、臨界点に達していた。

 ――俺様はこの村では絶対的な存在だ。

 ――魔法が使えない劣等種はいくらでも攻撃していいんだ。

 それが、ルガーの認識だ。

 領主の息子ルガーはこれまでそうして、この〝エンドデッド〟の地に君臨してきた。

 しかしアルヴィはルガーをまったく恐れず、むしろ余裕の雰囲気すら出している。

 そのことがルガーをひどく不機嫌にさせているのだ。


「しかし魔法対決、か……」


 アルヴィ詠唱するルガーに近づきながら、魔法勝負の定義について考える。


「魔法を使った勝負。暴力もあり。と言ったところか。しかし暴力だけでは魔法の勝負たりえない。ふむ…………どうしたものか」


 ルガーはマイペースなアルヴィの様子に、不審な表情をしている。


「……あらかじめ言っておくが俺は『魔法の対決』をするために、この前置きをする。魔詞の詠唱は、人間の想像力――つまり人間の脳内で発生するイメージをより強化するための『手段』だ。言葉にすることで、イメージがはっきりしてくる、というわけだ。そして人間の脳内で出力されたイメージの強さによって、魔法の出力も決まってくる。

 平たく言えば強い言葉、強いイメージ。それがオドやマナを動かし、強い魔法になる。という訳だ。ならばこうしよう……これが俺の魔法だ。心して聞いてくれ」


 アルヴィは大きく息を吸い、ルガーの耳元に顔を近づけた。

 ルガーはぎょっとした顔になる。

 しかしもう遅い。アルヴィは鼓膜を破らんばかりの勢いで叫んだ。


「ああああああ――――――――――!!!!!」


 突然の大音量にルガーは驚いて詠唱を止めた。

 発動しかけていた魔法も消滅し、思わず耳を押えた。


「な、な…………??」


「このように脳内のイメージを阻害してオドの錬成をストップさせればこのとおり、魔法は消える。これが俺の魔法だ」


 ルガーは驚きのあまり言葉が出ない。次の瞬間には怒りで顔が真っ赤になっていた。

 アルヴィという劣等者に一泡吹かされたことが、よほど悔しいようだ。


「き、貴様…………何をするんだ!!」


「魔法阻害魔法『ああああ』だ。俺は魔法発動のメカニズムに介入する魔法を発動した。これも十分に魔法と言えるだろう」


「ふざけるな! ただ叫んだだけだろうが! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」


「馬鹿にしてなどいない。俺の詠唱によってお前の魔法は消えた。魔法対決は成立している。互いに魔法が出ないから引き分けだな」


「貴様……!! どこまで魔法を……古の神話を冒涜するんだ!! ふざけるな!! 詠唱する魔詞は、この世界の成り立ちを記した、古の神話そのものだろう。その信心の足りなさは、重罪に値するぞ!」


 ふざけているのはルガーの方だろう、とアルヴィは内心で思う。

 そもそもこの「魔法対決」は、ただの嫌がらせの口実だ。魔法が使えないアルヴィと魔法勝負をしようという方が歪んでいる。


「信じる心か。だが俺の叫び声で消える程度であれば、そっちの方が信心が足りないんじゃないか? この俺の魔法阻害魔法『ああああ』で魔法が消えるというのは、相当なものだ。しっかりと神々の物語を学んだ方がいい」


「き、き、貴様ぁあああああ――――!!! 魔法が使えない奴が、何を偉そうに!!!」


 ルガーついに激高し、魔法も何も関係なくアルヴィに掴みかかる。

 しかしアルヴィは冷静だった。


「そうか。『魔法対決』とは『魔法も』使う対決ということか。……ところで領主の息子のルガーおぼっちゃん。この俺を領地に住まわせてくれるだけでなく、格闘訓練も施してくれるとは、本当にありがたい。涙が出そうだ。心から感謝する」


 アルヴィは先々を見越した予防線を張る。

 これは子ども同士の喧嘩でも、ルガーによる一方的な暴力でもない。あくまでも訓練の一環なのだ、と。

 何せ相手は領主の息子だ。余計な面倒はできる限り避けたい。


「黙れ、劣等貴族がああ!!」


 ルガーが掴みかかる。ルガーは力任せに打ちのめせるだろうと思っているのだ。

 が、アルヴィには格闘術の記憶が刻まれている。それはかつての人生で得た経験だ。

 研究者は研究だけをしていると頭が鈍る。故に、研究と同時に格闘技の訓練もしていたのだ。


 アルヴィはルガーの腕を受け流し、同時に脚払いをかける。

 不意を突かれたルガーはあっけなくバランスを崩す。転ぶ先には馬糞の山があった。農作業にいそしむアルヴィが集めていたのだ。


「うおお、おお、おおおお!?」


 ルガーはアルヴィの腕を掴み、どうにかして体勢を立て直そうとする。

 が、もう遅い。

 魔法による対決を放棄した時点で、ルガーの結末は決まっていたのだ。

 アルヴィはルガーの手を振りほどいた。


「うわ、うわあああああああああ――――!!!!!」


 ルガーは馬糞の山に顔面からつっこんでいった。

 屈辱でぴくぴくと全身を震わせるルガーに、アルヴィは言った。


「だから言っただろう。農場は、魔法対決をするような場所じゃないと」

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