4 領主の息子

「……農機具の駆動部分は完成した。あとは金属フレームやギアなどの金属パーツか。厄介だな。それから〝マナ〟の結晶体――魔石を調達したいところだ。どういう訳か信仰の対象として認識されているが…………」


 アルヴィは研究についての考えをまとめながら、農場で馬糞を片付けていた。

 その姿は異常という他ないが、普段はアルヴィのその姿を見る者はいない。

 しかし今日は、例外だった。


「おい、お前が劣等貴族のアルヴィか。ずいぶんしけたツラしてんなあ。何一人でぶつぶつ言ってんだ、気持ち悪いなあ」


 威圧的な声に、アルヴィは振り返る。

 丸々とした体型の少年が立っていた。


「俺様はルガー。ようこそ我が領地〝エンドデッド〟へ。没落魔法貴族のアルヴィ・ルネリウス=ドーンファルよ」


「お前は……誰だ?」


「この俺を知らんのか? エンドデッドの領主、アーバムの息子のルガー様だ」


「領主の息子だと、そこまで威張っていいのか?」


「そうだ。特に、お前のような無能の魔法貴族にはな」


「俺はもう魔法貴族ではない。ルネリウス=ドーンファルの名を使うなとすら言われている」


 真顔で言うアルヴィに、ルガーはゲラゲラと笑う。


「はははは! だったらお前こそ、何でそんなに偉そうなんだ? もう魔法貴族ですらないって言うのに! それとも、また魔法貴族に戻れるとでも思っているのか」


「一切思っていないし、俺は貴族に戻るつもりもない」


 アルヴィは冷静に反応する。

 そもそも魔法貴族を辞めるためにここまで来たのだから当然だ。


「それで、領主の息子が俺に何の用だ? 俺は農作業で忙しいのだが」


「この俺様が、直々に魔法を教えてやろうと思ってな。どうだ、ありがたいだろう」


 アルヴィはルガーの意図を理解する。ルガーは単に馬鹿にするためにやってきたのだ。

 辺境の人間にとって、没落した魔法貴族は格好のオモチャと言えるだろう。


「俺に魔法は使えない」


「ああん? 聞こえないなあ。お前は、何だって?」


 この世界は誰もが魔法を使えるというのに、アルヴィは魔法が使えない。

 ――ということにしておかなければ、即座に家に戻されてしまう。

 多少は悔しそうな演技をした方がいいだろう、とアルヴィは判断した。


「お、俺は……魔法が使えない。何度も訓練したが、〝オド〟の錬成すらままならないのだ!」


 ルガーは悔しそうな反応を待っていたとばかりに、満足げな笑みを浮かべた。

 そして目玉を見開きながらアルヴィに詰め寄る。


「あーあー。言ってしまったなあ。魔法貴族の子どもが、本当にそんなことを言っていいのか? 〝オド〟がないって、それは人間であるかどうかも怪しいんじゃないか? まあそんなことだから、お前は畑仕事なんかをやってるんだろうがな」


「それは認めざるをえないだろう。俺は魔法が使えない。故に家を追放された。畑仕事をして生活費を稼がなければならない。それは事実だ! だから俺を一人にしてくれ」


「ははは…………はーっははっは! お前、そこまで自虐しなくてもいいんだぞ? 僕が気を使って遠回しに言ってあげたのにな……」


 ルガーはそこで話を区切り、わざとらしく手を叩いた。


「……そうだ、思いついた。ここで魔法対決をするってのはどうだ? 案外、お前も追い込まれたら魔法が使えるようになるかもしれないぞ? どうだ? この俺様と、魔法対決だ」


 実に悪趣味が服を着て歩いているような男だ。

 相手にする価値もないゴミだな、とアルヴィは内心で思う。

 しかし一応は領主の息子だ。アルヴィは悔しいふりをしながら、断ろうとする。


「俺が魔法を使えないことを知ってるなら、どうして魔法を教えようとする。もう勘弁してくれ……しかもここは農場だ。魔法対決をするような場所でもないだろう」


「そりゃもう、楽しいからに決まってるだろう? どうだ、悔しがれよ。はははは!」


 だがルガーは圧倒的に有利な立場からアルヴィを侮辱する。

 そして「魔法が使えない」アルヴィは何一つ言い返すことができない。

 なぜなら、この世界の人間はどれほど才能がなくとも、小さな炎を出す程度のことはできる。

 だがアルヴィは、それすらも「できないこと」になっているのだ。

 もちろん全ては「追放されるため」である。

 それゆえルガーは、やたらと調子に乗るのである。


「困った困った。実に困った。さすがに、これは、いくらなんでも? 誉れ高き魔導貴族であるアルヴィ・ルネリウス=ドーンファル様が、平民のこの僕からの、ただの訓練としての魔法対決を受けられない、なぜなら魔法が使えないから。というのは、実にゆゆしきことだよなあ」


「もう、その名は名乗るなと言われている。今の俺はただのアルヴィだ。魔法が使えない人間は魔法貴族を名乗れる訳がないだろう」


 ルガーはにやにやと笑いながら、ずいっと顔を近づける。

 そして低い声で凄む。


「馬鹿を言うな。お前は魔法貴族なんだろう。本当は、都に帰りたいんだろう? 今なら聞かなかったことにしてやる。ほら、魔法対決をするぞ」


「やれやれ、仕方がないな……」


 アルヴィはため息とともに、「劣等魔法貴族」の演技をやめた。

 善意には善意を。

 悪意には悪意を返すしかない。


「農場は魔法対決をする場所ではないのだが――受けて立とう」

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