2 異世界転移とマッドサイエンティスト
○西暦2100年代
――魔法。
二十二世紀初頭に再発見された、異形の力。
魔法は従来の物理法則を一新させ、軍事にも組み込まれることとなった。
その「魔法」の存在を科学的に証明した天才は実験結果を見て、静かに興奮した。
「これはいいぞ……やはり超魔粒子の相互干渉が問題だった訳だ。言語モジュール全て見なおし、コードを一行だけ追加したらこの有様だ。アリス。また一歩、世界平和に近づいたじゃないか」
天才の名は、ガルツ・ジョーウィン。
太古の時代に存在した「魔法」の原理を完全に解明し、さらにはそれを「先端魔導」として進化させた男だ。
アリスと呼ばれたアンドロイドはコーヒーを運びながら、不機嫌な顔で反論する。
「ガルツ博士……魔法による敵国家の殲滅と『世界平和』は別ものです。核兵器の数千倍の威力をもつ魔導兵器など、何に使うのですか」
「だから、世界平和のためだよ。抑止力とするもよし、地球を破壊し、二度と戦争が起こらない世界にするもよし。それを選ぶのは私ではない。人類だ」
「ガルツ博士、頭の調子は大丈夫ですか?」
「アリス。君は俺の助手だろう。なぜそうも否定的なのだ」
「平均的な倫理プログラムを私に組み込んだのは、博士でしょう。反論して当然です」
「ああ、そうだったな。それが世界の反応、ということか」
「そうです。博士。世間ではあなたは、マッドサイエンティストと呼ばれています」
ガルツは静かに否定した。
「ただ科学的に物事を突き詰めていったら、ここまで辿り着いただけだ。決して狂っている訳ではない」
未知なるものを探究し、世界のありかたをつきとめる。
それが基本的な科学のありかただ。
その意味ではガルツは、まっとうな科学者であった。
「そうでしょうか、博士。普通の科学者は、自らの体に機械を移植したりしませんし、その機械に魔導機構を組み込んだりもしません」
「仕方がないだろう。実験体が誰一人として見つからなかったんだ。政府も死刑囚の一人や二人、私に提供しても良いと思うのだが」
「とにかく、もう少し穏便に実験をしましょう。博士は既に、十の国家から追われ、六度の死刑宣告を受けているのですから。いいですか、博士。死刑囚はあなた自身ですし、人は二度死ぬことはできないのですよ」
アリスは博士に詰め寄る。常識的な思考回路をインストールされたAIの助手にとって、ガルツの挙動はあまりにも異常に映っているのだ。
「それにしても君は頭が固いな。それから胸が近いぞ。平均的な男ならばそうすることで理性を失い、実験を中止するかもしれない。しかし私はそうではない」
「そうですか。それは失礼しました」
「いいかアリス。魔法とは自由そのものだ。使い方によっては死すらも超越する可能性があるのだよ。そうなれば人は何度でも死に、蘇ることができる。実に素晴らしいことだろう」
「……やはりあなたは狂っている。そんなことは不可能です」
そんなやりとりをしていた直後、ガルツは命を落とす。
自ら生み出した魔導機構の暴走により、あっけなく死んでしまったのだ。
だが同時に、自らの言葉を現実のものとする。
先端魔導の天才科学者――ガルツ・ジョーウィンは生涯最後の実験を企てていた。
自らの死と同時に記憶と魂を転送する実験である。
そして天才は、その実験に成功したのだった。
○魔法暦1000年代
穏やかなある春の午後、魔法貴族のアルヴィは庭園を散歩していた。
そして突然に記憶と人格が蘇った。
「これは……一体…………?」
しかし戸惑ったのも一瞬だった。
直後、アルヴィ――あるいはガルツ・ジョーウィンは全てを理解した。
自分は二つの人生を生きている。
一回目の人生は、先端魔導の研究者として。
二回目の人生は、魔法貴族として。
では本当の「自分」はどこにあるのかというと、二度の人生全てが融合しているような感覚だった。
深呼吸。
アルヴィは深く空気を吸い、全身で新しい世界を感じていた。
「ふふふ、はははは……!! ここにアリス俺はがいたらこう言うだろう。『どうだ、俺は二度死ぬことになるぞ』とな。この体も、中々に悪くないな」
しかし喜びも束の間だった。
アルヴィは次の瞬間にはこの世界のルールを思いだし、絶望していた。
「転送時のパラメーター設定を間違えたか? あまり馴染みのない世界だな。……というか、全く俺の研究には向いていない世界じゃないか」
確かにガルツ・ジョーウィンであった時と同じく、この世界に魔法は存在する。
だがそのあり方は大きく異なる。
この世界では魔法の「科学的考察」は禁じられている。魔法が発動するメカニズムは、「神々の物語」の中でのみ説明される。
科学的な考察など、異端でしかない。
「やれやれ……中々に面倒なことになったな。だが――それもまた一興」
そうしてアルヴィは、ルネリウス=ドーンファル家から抜け出す決意をしたのだった。
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