禁忌破りの最狂魔工士

荒岸雷穂

1 追放

 魔法貴族。

 魔法を自在に操り、戦場で圧倒的な力を発揮する存在。

 剣と魔法のこの世界で、騎士と同等かそれ以上の敬意を受ける者たち。


 その誇り高き魔法貴族の中でも、とりわけ歴史と実力を兼ね備えた家系。それがルネリウス=ドーンファル家だ。代々グラーデン王国に仕え、広大な領地と豪奢な屋敷を構えている。


 その広大な敷地の中に、いっそう大きな石造りの建物があった。

 魔法修練場だ。

 そして今、修練場の中には三人の男がいた。


 一人は当主のエピタフ・ルネリウス=ドーンファル。

 一人はその長男のアッシュ。

 そしてアッシュの弟、アルヴィだ。

 エピタフは厳しいまなざしをアルヴィに向け、宣言した。


「今日がお前の十六歳の誕生日だ。つまり、これが最後のチャンスになる。それでは試験をはじめる。さあ、アルヴィ。〝オド〟の錬成からやってみろ」


「はい、わかりました」


 〝オド〟の錬成は魔法発動の最初のステップだ。

 一定の訓練を積めば、誰にでもできるものだ。

 アルヴィは精神を集中させ、〝オド〟を体内で錬成させる――ふりをする。


「ううっ……! ううんっ……!」


「アルヴィ、お父様をがっかりさせるな! 本当にできないのか!?」


 兄のアッシュは追い詰めるような口調でまくしたてる。

 いっこうに魔法発動の兆しは現われなかった。しばらくしてからアルヴィは、いかにも申し訳なさそうな顔で言う。


「すみません……僕にはとても……」


「なんということだ……。由緒正しきルネリウス=ドーンファル家から、このような子どもが出てくるとは……」


 アルヴィの父、エピタフは天を仰ぎ、深いため息を漏らした。

 修練場に冷たい沈黙が流れた。

 それを破ったのは兄のアッシュだった。


「この能なしめ! お前は一体、これまで何をしていたんだ! 代々築き上げてきたこの家の威信が、格式が、名誉が……お前のせいで台無しになるんだぞ! 〝オド〟の錬成すらできないなんて、ありえないだろう! お前……まさか神々の物語を信じていないとうのか……!!」


「すみません。できないものは……できないのです」


 アルヴィはただ頭を下げ、悲しげな表情を――つくっていた。

 エピタフの表情がひどく陰る。

 絶望と失望……あるいは侮蔑の色すらある。


 エピタフはこれまでに幾度もチャンスを与えてきた。魔法を発動させるための訓練もほどこしてきた。それら全てが無駄だったことが明白になってしまったのだ。

 父エピタフは、低い声で告げた。


「アルヴィ。お前は寒いのが嫌いだと言っていたな」

「はい」

「農作業など誰にでもできるゴミのような仕事だ、とも言っていたな」

「…………そ、そんなことは決して」


「嘘をつくな! 話はアッシュから聞いていたぞ! 我が国は土の国。農民をないがしろにする貴族があるか!!」

「ぼ、僕は、決してそんなことは……」


「黙れ! 俺はしっかり覚えているのだぞ! 貴族がそのような誤魔化しをするな!」


 兄のアッシュは厳しくアルヴィを叱りつける。

 が、目元は愉悦に満ちていた。


「ならばアルヴィ。お前を北の辺境〝エンドデッド〟に追放する。そこで農民として生きるのだ」


「え、エンドデッド……!? それだけはご容赦ください……」


 アッシュが、鋭い口調でアルヴィの言葉を遮った。


「駄目だ! お前のような劣等者に行き先を決める権利などない! お前は必ず、絶対に、何があってもエンドデッドに追放だ!!」


 父のエピタフは、アッシュをたしなめることもなく話を続けた。


「……エンドデッドには、かつて私の配下が使っていた屋敷がある。かなり古くなっているが、一応は使えるはずだ。お前はそこで一人暮らすのだ。当面は生活費を送ってやる。しかし最後にはお前は一人で生きていくのだ。ルネリウス=ドーンファル家とは全く関係のない他人として、生きていくのだ……」


「分かったか、お前の行き先は絶対に、何があっても北の辺境だぞ。そこでルネリウス=ドーンファル家の名を騙ることがあれば、許さんからな」


 アルヴィの追放が決まった時点で、兄がこの家の後継者になることは確定する。

 だからアッシュは、アルヴィが追放されることを心から喜んでいるのだ。

 そんな兄の気持ちを想像しながら、アルヴィは短く返事をした。


「わかりました……」

「支度をしろ。多少の猶予は与えてやる。しかし今日中に出て行け」


  *


 アルヴィは出発の支度をするために自らの部屋に戻った。

 生まれてから十数年、アルヴィはずっとこの部屋で過ごしていた。

 それなりに楽しい思い出もあったが、今日で最後ということになる。

 アルヴィが部屋の扉を閉めると、すぐにノック音がした。


「アルヴィ、いるのですか?」

 母のポエットだった。

 ポエットは目いっぱいに涙を浮かべていた。

 魔法貴族の体面よりも、我が子との別れを悲しんでいるようだ。


「お母様。どうしたのですか」


「アルヴィ、どうしてエンドデッドなんかに。せめてもっと豊かな街の武器職人のところに奉公にいきましょう」


 アルヴィは寂しそうな笑顔を作り、穏やかに否定した。


「いいえ、僕はエンドデッドに行きます。それが父上のご意向なのですから」


「ああアルヴィ。なんと可哀想な子……これをお持ちなさい。我が息子、アルヴィに神々のご加護を」


 ポエットはそう言って、きらめく石がちりばめられたペンダントをアルヴィに渡した。

 それはただのアクセサリーではなかった。

 ペンダントに埋め込まれていた石は魔法効果を増幅させるアイテム――魔石だった。


「いいのですか。こんなに大きな魔石を……」


「本当に困った時がきたら、これを使いなさい。必要ならば、売っても構いません」


「お母さま……ありがとうございます。では僕は、旅立ちの準備があるので」


 母親をなんとか追い出すと、アルヴィは安堵のため息を漏らした。


「まったく、母親というのはいつの時代もおせっかいを焼くのだな。『俺』は……何があってもエンドデッドに行かなければならんのだ」


 アルヴィは今度こそ部屋に誰も来ないことを確認して、机の裏側に隠していたノートを取り出した。


 表紙には「いだいな魔法使いになるためのけんきゅうノート」と幼い文字で書いてあった。


 アルヴィは無表情で表紙を破り捨てた。

 表紙の奥から出てきたのは、別の表紙だった。

 表紙には「別の世界」の言語で、こう書かれていた。


 『この世界の魔法法則、物理法則、魔導機工及び先端魔導の可能性について』


 アルヴィがこの世界を観察し、ひそかにしたためていた研究ノートだ。

 そして――マッドサイエンティストはにやりと笑い、低い声で呟く。


「全ては計画どおりだ」

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