第39話 3章9話.衆で寡を撃つ

 辰馬は腕も折れんばかりに指揮杖を振り、どうにか麾下1800を収斂、敵前の鋭鋒を避ける。もし出た先が狭隘だったら完全に詰みだったが、山南交喙という少女の性格か、わざわざ口上を述べて広地での一大会戦で正面からたたきつぶそうとするやり方のゆえにこちらが術策を弄する余地ができた。


「とにかく引きずり回して一度に対する敵を減らす。こっちは集中して、分散した敵を撃つ。なんか兵法にそーいうやつあるよな!?」


 げながら巧みかつ適度な反撃で敵を引きつけつつ、辰馬は参謀、長船にほとんどがなるようにして訊く。


「まぁ、ありますな。《凡そ敵と戦うに、若し彼の衆多きは、則ち虚形を設けて以て其の勢を分かたば、彼敢えて兵を分かずば以て我に備えず。敵の勢既に分かたば、其の兵必ず寡し。我専ら一を為すさば、其の卒みずから衆し。衆を以て寡を撃たば、勝たざること有る無し》と」

「長い! 要点!」

「敵を分散させて相対的優位な形成で叩く、新羅公の今のやりようで問題なし、ということです。・・あんたが進退窮まったところでこの形勢を造って恩を売るつもりだったんですが、簡単に最適解を出すからつまんねーじゃねぇですか。・・ま、少しは働くとしましょう」


 長船はそういうと懐から、重そうな布袋を取り出した。


「人間ってのは結局、こいつに一番弱いんでね」


 隷侍の数人に女官に二、三言い含め、あらかじめこの状況を予測してかすでに用意の書信を添えて、敵中に忍ばせる。


「金か。こっち有利なら兎も角、こんな不利な今のおれたちに、寝返るやつがいるか?」

「そこはあんたが奮戦すればね。それに、実際寝返らなくとも、使者を迎えた時点で後ろめたさが出来、周囲の目が気になるようになり、自然鋭鋒は鈍る。それだけでも今の状況を好転させるには十分、でしょうよ」

「なるほど。そーいう効果ね・・あんましスッキリしねーが・・打てる手は全部打たんと死ぬからな、今の状況」


・・

・・・


 山南交喙やまなみ・いすかは歯噛みしていた。


「なぜあんなちっぽけな敵を潰せない!? 貴様ら、手を抜いているのか!?」

「いえ、そんなことは・・われわれとしても全力を持って攻勢に出ているのですが・・、攻めれば攻めるほどなにか不可思議な術策にはまっていくようで・・」


 ヒノミヤ内宮防衛隊総指揮官は交喙だが、彼女に特別な用兵の才はない。副官として片倉長親かたくら・ながちかという老練の将がつけられたのだが、神月五十六の前ではおとなしく片倉の副官任命を請けたものの交喙はこの慎重かつ口うるさい老人が苦手というより積極的に嫌いであった。前線から呼び戻した老将を詰り、ののしり、理由をつけて斬ろうとする。


「黙れ、臆病者! これだけの大兵であれしきの寡兵に臆病風とは、怯惰のきわみ! お前たち、この無能を斬って首を軒門に掛けよ!」

「馬鹿な! 今この状況で将を斬っては衆心が動揺しますぞ、斎姫! 前線の状況はなお予断を許さず、今私を斬ることは敗北と同義! どうかご再考を!」

「黙れといっている、老耄おいぼれ! お前たちもなにをじっとしている、さっさとこの無能を斬り殺さないか!」


 周囲の女将たちすら、さすがに剛毅の老将をはばかって動けない。彼女らも片倉もうすうすと気づくのだが、この山南交喙という少女はアカツキ皇国皇帝・永安帝に似ていた。希薄な自分の才能を最高無上のものと信じ、自分の慮外、自分と違う考えはすべて排斥する。はっきり言ってしまえば将帥としてはまったく不適格な資質といってよい。


「斎姫倪下、今はヒノミヤ危急のとき。片倉老の責任は責任なれど、神聖な陣を味方の血で穢すのは不吉でもあり、ここはいったんの寛恕を。かわりに片倉老には今まで一層の奮戦を期待し、その上で失措あれば戦後、改めて処断するがよろしいかと」


 そう進言したのは巫女の5位、鷺宮碧依さぎみや・あおい。もともと神月派でも神楽坂派でもない彼女だが最近の神月五十六、その専横には吐き気がするほどの嫌悪感を抱いており、それでもなおヒノミヤを守ると言う使命感でここまで戦ってはきたもののぽっと出の交喙がまた五十六の代わりだとでも言うような態度にまた不快を感じ、もはやヒノミヤという組織への忠誠も失せた。このまま戦ってヒノミヤが勝ったとしても自分の居場所はないと断じた碧依は、老将を救ってアカツキ、新羅辰馬に降ることを決意する。


・・

・・・


 いっぽう、山麓。


 荷車要塞ワゴンブルクで騎兵突撃を止め、一斉掃射。敵のことごとくを一網打尽・・といいたいところだが、あいにく世界最強国家ラース・イラの精騎たちはまとう鎧も神聖魔法により強化されている。初撃、至近での一斉掃射はともかく、陣の2列目3列目になるとかすり傷、ほとんどダメージがない。数千の騎兵が、荷車要塞を踏みつぶそうと迫る。


 それも織り込み済みです。足場がこうなっているなら、まだこちらに有利!


 瑞穂は指揮杖を振るい、荷車要塞を展開。すぐさま歩兵隊が、空いた隙間から突出。鉄条網に足を取られ、なかなか身動きとれない敵兵の甲冑の上から重い斧や鉄槌(メイス)をたたきつける! 敵を歩兵ごとき、と侮っていたラース・イラ騎兵隊は、この戦法の前に次々と屠られていく。分厚い鎧も魔法障壁だろうが、接戦の距離で重さに任せた槌の一撃に鎧は耐えられてもなかの肉や骨が耐えられない。次から次と、治癒不可能な形に骨を潰されて騎士たちが転がる。


 ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンにはこのとき、単騎突出して敵指揮官を仕留めるか、配下の騎士たちをまとめて陣を整え、正攻法で戦うかという二つの選択肢があり、おそらく前者が最適解であると識りつつ、彼は配下を見捨てることが出来ずに陣戦をとった。


 この間、戻ってきた焔に瑞穂は指揮権を返上。みずから左翼騎兵隊300を率いて山岳路を大きく迂回する。ガラハドは瑞穂が迂回して後背を衝こうとしていることに気づいたものの、焔の指揮もなかなかに粘り強く、またエーリカが掲げる聖盾の加護にも護られて明染隊は予想以上の奮闘を見せる。ガラハドとしては後方の磐座遷との連携が不可欠だったが、瑞穂は先んじて遷の陣に使者を送り、ガラハドの裏切り、その証拠となる新羅辰馬との書信をそれらしくつかませる(証拠の根拠は瑞穂がガラハドの心から読み取った辰馬との友誼であり、あながち嘘で固めた情報でもなかった)ことで連携を封殺した。


 ガラハドは麾下の騎士たちに前後双方向への注意を喚起したが、衝撃はその予測を超えて側翼から錐のように突進してきた。迂回を果たした瑞穂はガラハド隊後方に簡易の陣を作り旌旗を立てて攻撃準備を整えているように見せかけ、その陣をからにして一気に側翼にまわり、陣を整えることもせず一挙、ガラハド隊の側面を衝いた。


 完全に慮外の方向から撃たれて、さしものガラハドが臍を噛む。ここまで持ちこたえたガラハドだが、この奇襲攻撃で完全に陣を摧され壊滅的打撃を受ける。もはや最強の騎士といえど敗勢挽回することあたわず、正騎士の一人がガラハドに「団長だけでも落ち延びなされませ」と進言、ガラハドは苦渋の面持ちも一瞬、再起を期して単騎、逃走にうつった。


 これを果敢に追撃したのが厷武人である。60騎で追いすがった武人は、騎上、名刀【つばくろ】を抜いてガラハドに肉薄、瞬時に6回斬りつけたが6たび防がれ、7太刀目にカウンターを食らう、これが武人の右腕を下から跳ね上げ、宙天に刎ね飛ばした。


「っあ!」


 驚くべきは武人の精神力で、右腕を斬り飛ばされなお追撃をやめない。ガラハドにしてみればこのしつこい追っ手を殺すことは造作もないことだったが、彼は勇者を愛する。ゆえに、武人の身体へ峰打ちの強打を与えて落馬させると、悠々と引き上げた。


 ヒノミヤ山岳前進防御戦、まず第一フェイズは神楽坂瑞穂の采配で、アカツキ方の勝利。しかしこの山を上るためには、なお1万の磐座遷勢がほぼ無傷で残る。


「荷車要塞、いつでも動けるようにしてください!」

「「「了解しました、姫君!」」」


 瑞穂の声に、輜重車担当の兵士たちはいかにも嬉しそう。彼ら本来の仕事と言えば兵站担当であり、軍務における最重要でありながらほとんど顧みられない。それが「荷車要塞ワゴンブルク」という戦局を変容させる戦法が導入されるや、今となっては華々しき騎兵たちより彼らが主役である。嬉しくないはずがなく、そしてそれを褒めてくれるのが絶世の、といってよい美少女で、弩級の巨乳で、ヒノミヤの正当な聖女・・斎姫という付加価値までついてくるとあれば、男という単純な生き物が奮起しないはずもなかった。


 再び、逆落としに上から責め立てるヒノミヤ、磐座遷勢。


 瑞穂は指揮杖を振って、陣立てを急ぐ。第二フェイズが始まった。

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