第4話
テストがにじり寄ってくる次の日。
部室前に人影があった。フラフラと宙を舞うポニーテールに目掛けて声を発する。
「おい、なにしてんだ?」
「わっー!? なんだフルっちかぁ」
「おう、そうだよ?」
「これ貼ってんの」
ヒラヒラと見せられた画用紙サイズの紙には『なんでもぶ! あなたの依頼をなんでも解決!!』とやたら踊った字で書かれていた。
「ねぇ、これズレてない?」
「ズレてない」
扉にペタペタとテープが貼られていく。こいつ昨日早く帰ってこれ作ってたのか?
ふぅと貼り終わって浜辺は扉を開ける。
「貼り終わったよー!」
「もう一度言うけど何でもではないのだけれど」
そうなのか。俺も何でもかと思ってた。
「あとねー、これも作った!」
神下の言葉を聞いてたのか、聞いてなかったのか、浜辺は鞄から何か取り出す。
「じゃーん!! 名刺!!」
おお! 意外としっかりした名刺だ。で、これなに? どういう流れ?
「ウチが作ったの! 2人の分も」
そう言って神下と俺は小さな紙束を受け取る。ビジネスマンが使うようなものには劣るものの、しっかりとした名刺がそこにあった。比較的シンプルなデザインで悪くない。
うん、悪くない。俺の名前は順一郎じゃなくて純一郎だけどな。
これはもしやテスト前特有の部屋の掃除を始めるに代表される現実逃避行動の一種だろうか。
名前が間違っていることを文句言ってやろうかと思ったがすでに浜辺はにっこにこでビジネスマンになりきって名刺交換ごっこを開始しており、神下がそれにつき合わされている。
「さて浜辺さん、気は済んだかしら? 数学教えるから。はいこれノート」
「うう……」
しばらくして神下が困った顔をしながらそう諭す。どうやら昨日書いていたのは浜辺のためのノートらしい。
「あなた、下手したら卒業できなくなるわよ」
そんなにヤバいのかな、浜辺の頭。卒業できないはおそらく本当に下手したらの話だろうがそうやって浜辺のことを心配して行動してやる神下は優しいというか。
多分、これがこの2人の友情なんだろう。さっきビジネスマンごっこにも付き合ってたしな。
「そういや、本はどうしたんだ」
「今朝、見回ったけど新しく寄付されてはいなかったわ。すでに回収した一部は図書室に、一部は演劇部のものに」
「じゃあこの依頼は?」
「まあ……、今回は急ぐ依頼でもないし、箱は設置したままでほったらかしておけばいいかしら? そのうちまた誰かが入れるわ」
「ねぇ、ここ分かんなーい」
「これはね――」
昨日も思ったが正直、神下は教えるのがあまり上手くなかった。
2人はああだこうだと言い合っていて、それを見ていると飼い主と甘噛みしてじゃれ合っている飼い犬のように思えた。
2人の間にはなんだか触れがたい何かがあり、羨ましく感じる。
なぜか神下と図書室で交わした会話を思い出して、たまには趣向を変えてみるかと図書室に向かうため席を立つ。
部室を出ると扉に『あなたの依頼をなんでも解決!!』と書いてあるのが見えた。
何でもではない、か……。今回はその言葉通り、解決とは言い難い微妙な結果で終わった。この部活に来ておよそ1ヶ月になるがそういうこともあるんだな。
漫画やアニメなら今回の依頼ならば何だかんだで古本屋の店主を助けたりしてお礼に本を譲ってもらえる出来すぎた偶然、もといベッタベタな展開になのだろうか。
残念ながら、そう上手くはいかない。
何でもはできないから無理に頑張ることも無いな。
俺は――
俺たちはただの高校生。
できることなど限られているのだ。
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