第8話 自己紹介は慎重に――
(成り行きとはいえ、助けられて本当によかった)
心の底からそう思う。
シロナの口ぶりからいままで相当辛い思いをしてきたんだろう。
こんな幼気な子供を苦しめるとかどういう神経しているだ。
彼女に呪いをかけた人でなしとご対面する機会があるのなら、一言文句を言ってやりたいくらいだ。
まぁそれは後にするとして――
「よっし、それじゃあ無事、私の用も済んだことだし。私はそろそろ町探しに向かわなくちゃいけないんだけど――せっかくだし近くの町まで一緒にどうかな?」
ここであったのも何かの縁だ。
スキルが繋いだ縁とは言え、きっとこの出会いにも何か意味があるのだろう。
まぁ、何か大切なことを忘れている感が否めないが。
「いえ、助けていただいて大変申し訳ありませんが、拙にはどうしてもやらなければいけない使命がありますので――」
そっか。それじゃあ仕方ないね。
自分がやりたいことがあるというのなら無理やり引き留めることはできない。
そうして獣人の少女に別れを告げ歩き出そうとすれば、背後から駆け寄ってくるシロナが私をその場に縫い留めるように呼び止められた。
「あの、ちょっと待ってください。見返りがいらないとおっしゃっていましたが、せめてお名前だけども聞かせてください。ここまでしていただいて恩人の名前も知らずにいたら死んだ父と母に申し訳が立ちません」
「うん? ああそういえば自己紹介がまだだっけ」
私は鑑定眼があるから少女の名前を知ってるけど、
なるほどシロナの視点からしてみれば、私は完全なお節介やろうに見えないわけで――つくづく鑑定眼って奴はチートスキルだよなーと思いながら、『前世』の最期を思い返す。
そういえば、あのアイドルフェスの時も自己紹介の途中で機材に潰されたのだ。
ここは異世界デビューの一発目。
新天地への挨拶も含めて、ここはカッコよく名乗りを決めるのはアイドル的に当然だろう。
という訳で、小さく咳払いしたのちバサァーっと真っ白な服を翻し、何度も練習したお決まりのポーズをキメてみせる。
というわけで――
「遠からんものは音にも聞けっ! 近場寄って目にも見よっ!! 世界の隣人。リザレクション系異世界アイドル――エレン!! 世界を笑顔にするためやってきました☆」
「あい、どる……」
ポカンと口を開け、私を見上げるシロナちゃん。
まぁアイドルなんて職業、この世界に存在するわけないか。
娯楽も少ない世界とか言ってたし、不思議がられるのは無理ないけど、
「(この空気どうしよう……)」
アイドルデビュー当時の初ライブでやらかした盛大なスベリ具合を思い出す。
うう早く何かしらの反応してぇえええ。
このまま微妙な空気で放置されるとかホント軽い拷問だからあああああ!!
でも私はやった。やり切った!!
例え実は内心、『世界の隣人ってなんだよおおお』って悶えて叫びたい気持ちでヤバいことになっても頑張ってやり切ったのだ!!
そして、すごく残念な空気から一転。シロナの瞳の奥に形容し難い感情が灯ったのが見え、この後やってくるであろう絶望的な反応に備えショック体勢を取ると――
「申し訳ありません!!」
「ふぇ!?」
神を撃ち落としちゃいましたとばかりに綺麗な土下座が目の前で炸裂し、先ほどまでの自信なさげな言葉とは裏腹に、希望の輝きが籠った視線が返ってきた。
「拙のような、穢れた者助けていただき本当にありがとうございました。貴女さまがあのエレンさまだということに気づけなかった罪深い拙をお許しください!!」
え、ちょ、なにこの展開!? いったいどうしてそうなった。
今の名乗りのどこに謝罪ポイントがあった!?
私はいつも通り、アイドル風に自己紹介しただけなのに。
(自分より一回り小さい子にガチで怯えられるとか、アイドルのプライドを云々より先に、人間として泣きたくなってくるんですけど……これって一体どういうこと?)
と思ったのも束の間。
そう言えばなんだかんだハプニング続きで忘れてたけど――
「(やっぱりこの子、あのヲタ神の信者だったッッ!?)」
そして案の定、バッと顔を上げるシロナから弾むような声が返ってきた。
「でもやっぱり、○×△さまは拙たちを見捨ててはいませんでした! だってあの夢のお告げの通り、○×△さまは世界を救う力を持った救世主さまを遣わしてくださったんですから!!」
「ええっと、救い主? 完全に人違いじゃないかな? 私普通の人間なんだけど……」
「そ、そんなはずありません!!」
バッと顔を上げて。しまったという顔になるが、
「その神気を纏わせた聖なる純白の衣に、満天の夜空を溶かしこんだような黒髪。そして天から流れ星のようにこの世にやってくる方など一人しかいません。周りの目はごまかせても敬虔たる信徒の拙の目はごまかせません!!」
となにやら興奮しているのか自信ありげに語るシロナちゃん。
いやー確かにあんな紐なしバンジーして生きていたのって私くらいなものだし、この服もあのドルオタからのもらい物だけど、
バラエティー番組だったら即事務所NGが入るような暴挙を平然とやってますなんて勘違いされちゃ困るんですけど。
というか……、
「ねぇ、そのさっきからシロナちゃんが言ってる神さまってさぁ。十中八九、あのヲタ神のことでいいんだよね? あの白いローブになんかよくわからない冠被った……」
「はい。拙が信仰するたった一柱の神さまです。なにやら最近、なにかあって世界から名前を剥奪されて権能を失われたようですけど、拙の信仰心は変わりありません!! 現に○×△さまはこうしてエレン様と拙を引き合わせてくださいました」
「そっかー、苦労してんだねシロナちゃんも……」
いやはや、私の存在確立のために神様パワー使い切って名前も忘れ去られたとか言ってたけどあれこういう意味だったんだ。
あんなドルオタの為に信者が苦労するなんてなんて世の中だ。
そういえば、あのドルオタ。私をこっちに寄こす前に、シロナのことを唯一の信者とか言ってたような気もするし……もしかしてあいつ。信仰してた奴らみんなに推し変されたんじゃなかろうな!?
「はい!! 夢の中で頼れるのは君だけだとおっしゃっていました!!」
OH、SHITッッ!! 完全にデザインされた流れだコレ!?
……道理で、こんな幼気な少女に『運命神の導き』が反応するわけだ。
というか呼ばれ方適当すぎじゃない!?
「夢に出てきてくださった○×△さまは、拙に歌を歌っただけで心の底から力が湧いて、病気も呪いをすべて吹っ飛ばすような数多の奇蹟を起こせると言っていました。きっと拙の身体を蝕んでいた呪いもエレンさまが解いてくださったんですよね」
「いやいや、たしかに人を笑顔にする力はあるかもだけど、私の歌にそこまでの力ないから。あとこの幼気な少女にどんな法螺を吹き込んだんだあのヲタ神は!!」
いくら推し大好きだからって、明らかに設定盛り過ぎだろ!?
せいぜい私にできることと言えば人を笑顔にするくらいだ。
よくわからん呪いとかと口からなどこれっぽっちもないというのに――
「やっぱりエレンさまのチカラは本物なんですね!! さすが○×△様がこの世界に送り出してくださったメシアさまです!!」
うおおい、やっぱりあの神あればこの信者ありか。
まったくは私の話聞いてないんだけど、というか話がループしなかった!?
え、なにこの最初から好感度MAXのテンション。
完全に私が対処できるキャパを越えてるんですけど……
「拙のような醜いものにまで無償で手を差し伸べてくださるそのお心。○×△さまが言っていた通り、なんて尊い御方なのでしょう」
「いやいやいや、私そんな立派な人間じゃないから。貴女と同じような普通に欲望まみれの人間だから」
というより普通にしてくれないかな。
人に敬われるとか慣れてなくてすっごくむず痒いんだけど。
「で、ですが、拙は○×△さまに過度な干渉は控えるようにと――それでは、○×△さまに怒られてしまうんじゃないですか?」
あーはい、きましたー。アイドルオタにありがちなマウント!!
やっぱり余計なこと吹き込んでやがったかあのガチ勢。
私はみんなのアイドルだっていうのに何変な独占欲醸し出してんのよ。
「いいよそんなの気にしなくて。私、アイドルだけどそういう序列や人気で壁作るの嫌いだし」
「で、でも――」
「ですがもヘチマもありません。いい? もしあのドル神が文句言ってきたら私が直々に天誅を与えてやるから」
だからそんな無理に畏まらなくていいんだからね?
それに私は素のシロナの方が親しみやすくていいなー、と伝えれば「わ、わかりました。努力します」と目に見えてしょんぼりしているが納得してくれたようだ。
うん。根はまじめなようだが基本的に物分かりのいい子で助かった。
「ああ、あと私のこともエレンって呼ぶこと。私はどこぞとも知らない救い主なんかじゃないし、誰彼構わず無償で誰かを救う『都合のいい人』じゃないんでね」
「は、はい……」
「でも、その代わり私の方も他人行儀じゃなくシロナって呼ばせてもらうから。それでおあいこってことにしてよね」
「――っ、はい!!」
最後の一言がよほどうれしかったのか、これまでに聞いたことのないいい声が鼓膜を震わせる。
まったくあの神あれば、この信者ありか。
(この流れからすると私のあとついてくる気満々なんだろうなー)
まぁ、最初は安全なところまで一緒に行く予定だったし、あの社長気取りのドル神が私の為にとわざわざ寄こしてきた子だ。
悪い子じゃないのは確かだろう。
それに――
(一人旅より二人旅の方がずっと楽しいのは確かだしね)
そうしてやんわりと右手を差し出せば、嬉しそうに尻尾を振り私に手を握ってみせるシロナの姿が。
「それじゃあこれからどうなるのかわからないけど、とりあえずよろしくねシロナ」
「はい、よ、よろしくお願いします。エレンさま」
そしてなんとか面倒な誤解を解けたところで――
きゅぅううううううううう!!
と二つの可愛らしい音が森の中に鳴り響き、私とシロナはお互い顔を見合わせて硬直し、
「……とりあえずご飯にしよっか」
「そう、ですね」
という私の提案に、シロナも恥ずかしそうに頷くのであった。
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