歪んだ幼馴染の攻略法
香珠樹
歪んだ幼馴染の攻略法
☆バレンタイン記念短編です!
「――でさ、盛大に笑ってやったわけ。『何勘違いしてるわけ? あんたみたいなクソ陰キャ誰が好きになるかっての!』ってね。あー、あの時の絶望してる顔は最高だったわねぇ」
「そっか……」
僕の隣で、とても楽しそうな笑い声が響く。
皆の憧れの人である愛坂響花がこんな姿を見せるのは、恐らく僕にだけだ。信用されている、ということだろうか。
もちろん、それが嬉しくないわけがない。
だけど……話している内容が、内容だ。人の闇が凝縮されたどろどろとした会話を聞いていても、少なくとも普通の人は楽しいと感じないだろう。
「……ねぇ、まだ同じようなこと続けるの?」
「え? 当たり前でしょ。こんな楽しみ、そうそう止めたりしないわよ」
「…………」
思わず、黙り込む。
確かに、学校ではお淑やかかつ成績優秀。おまけに美少女。
そんな彼女が、告白してきた男子に対して罵詈雑言を浴びせ、盛大に振っていると、誰が想像できようか。
実際、以前フラれた男子がそのことを公にしたが、周囲からは振られた腹いせだと思われ噂すら立たずに消滅。なんなら、その男子は今もなお肩身狭く日々を送ることになっている。僕の幼馴染が、すみません。
だから、バレることは皆無と言っても過言ではない。
でも……小さい頃からずっと一緒に居る僕としては、そんな歪んだ幼馴染の姿を見ていたくない。昔のような――それこそ、今はもう卒業していなくなった、響花を性欲の捌け口くらいにしか思っていなかったあの
バレる、バレないの話ではない。完璧に個人的な気持ちなのは、わかっている。
だから――
「――好きだよ、響花」
俺は、彼女を攻略して――更生させる。そう決意した。
「……は? 何言ってんのよ?」
流石の響花も、想定外の告白に驚いたようだ。予想を裏切ることに成功して、ちょっと嬉しくなる。
「だから、僕は響花が好きなんだって。もちろん、恋愛的な意味でだよ?」
「…………ああ、もしかして、こうして一緒に帰ってあげたりしてるから、勘違いしちゃってるの? 『僕がいるから誰とも付き合おうとしないんだろうな~』みたいな? あははっ、何それウケる~!」
唐突に、大声を出して笑いだす響花。ツボに入ったどころの話ではない騒ぎようだ。近所迷惑になっていないかが心配だ。きっと、なってるだろうけど。
「ざーんねーんでーしたっ! あんたは、ただの幼馴染よ。こうして一緒に帰ってるのだって、私の楽しみを誰かに共有したかったってだけだし? てか、幼馴染じゃなきゃ会話すらすることなかったくらいの男のことを好きになるわけないじゃない。勘違い乙ぅ~~っ!」
「…………」
駄目だったか……思わず僕は、俯く。それを見て、更に響花の笑い声が大きくなる。
「あーもう最高ね。ずっと一緒にいた幼馴染にこんな罵倒されるだなんて思ってなかったでしょ? ほら、その顔上げてよ。絶望や悲哀に染まったその顔を見せてよっ!」
嬉々として、俺の顔を覗き込もうとする響花。……やっぱり僕には、こんな行為のどこが楽しいのかさっぱりわかんないな。やはり僕の幼馴染は、歪んでいる。
そんなことを思いながら、僕は顔を上げる。
――満面の笑みが浮かんだ、その顔を。
「……うん、どうやら、僕の気持ちが十分に伝わってないみたいだね」
「……………………は?」
響花の笑みが、凍り付いた。
「確かに、僕達はずっと一緒に居たよ。ちっちゃな時から――それこそ、先輩のせいで変わってしまう前の響花だって、よく知ってる。けど、ただ一緒に居たから好きになったわけじゃないよ。一緒に居て、一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に泣いて、また一緒に笑って。それを繰り返しているうちに、どんどん響花が好きになった。本当に楽しんでるときに見せる笑顔も、怒ってるときに見せるぷくっと膨らませた頬も、たまに見せる、悪戯っぽい笑みも、叱られていじけてるときの指先の動きも、真剣な眼差しが覗く横顔も。響花の全部が――髪の毛一本一本まで、好き。大好き。本当に好き。多分、もう僕は響花無しじゃ生きていけないくらい依存してるよ。響花が僕のことを好きじゃないことくらい知ってた。なんたって幼馴染だからね。それくらいは気が付いて当然だよ。でも、これ以上響花が他の男に近づいてるのを見るのも我慢できないし、もっと僕のことを見てって思う。なんなら、僕のことだけを見て欲しい。確かに僕は冴えない男だし、そう簡単に僕のことを好きになってくれないことくらいはわかってるよ。だけど、ずっと一緒に居たんだよ? もう何年も、何年も一緒に居るんだよ? だから、ちょっとくらいは好きになってほしいって思っちゃったんだ。……響花――――世界で一番、いや、この世で一番、君のことを愛してる」
……ふぅ、取り敢えず、十分の一くらいは伝えられた。正直まだまだ言い足りないけど、我慢我慢。一気に思いを伝えられても、向こうだって困っちゃうだろうしね。
というか、一気にしゃべっちゃったけど……ちゃんと受け止めてもらえたかな? 僕の気持ち。早口で聞こえなかったりしたら残念……いやでも、それだけ僕の言葉を聞こうとしてくれてるなら嬉しいし、むしろ響花のために自分にできることがあるなら、喜んでやるからね。……まあ、告白するのは流石に恥ずかしかったけど!
自分の気持ちを伝えてしまったことに対する恥ずかしさが少しずつ込み上げてきて悶えたくなるが、我慢して響花の方を見る。どんな反応かな。喜んでもらえてたりしたら、嬉しいな。
「…………な、な……なんなのよ……っ」
響花は、顔を赤らめながらも少し震えてるっぽかった。
うーん、微妙かな? どうやら照れてるみたいだし、全部完璧に伝えられたわけじゃなさそうだけど、僕がどれくらい響花のことが好きだったのかはわかってくれてそうだね。羞恥心を犠牲にしてよかった。
……もう一押し、してもいいかな? これは。
「だから僕と、付き合ってください」
「……本当にっ、なんなのよっ……!」
響花はそう言うと、頭を抱えて蹲った。
何って言われてもねぇ……。
「そうよ。これは共感性羞恥。ええ、そうに決まってるわ。そうじゃなかったら私――」
「そうじゃなかったら?」
「ぴゃあっっ!」
ボソボソと呟いていたようだけど、聞こえちゃったんだからしょうがない。
「うぅ〜」と唸る響花を、僕はじぃっと見つめる。なんか、小動物みたいで可愛いなぁ。撫でたい。
そんなことを考えていると、響花がいきなりバッと立ち上がった。
「――ああもう! 『あんな告白されたの初めてで、凄く嬉しかった』だなんて、言えるわけないじゃないっ!!」
――時が、止まった。
ギ、ギ、ギ、と油を差し忘れたロボットのように振り返る響花。まさに、顔面蒼白だった。
「あは……聞いちゃったっ」
「……い、」
僕は、響花を抱きしめようと、腕を広げる。
「響ょぅ花ぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!」
――そうして、俺達の日々は
歪んだ幼馴染の攻略法 香珠樹 @Kazuki453
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