第42話 サラスヴァンティー男爵登場
「王女殿下のファーストダンスの相手がミラノ公爵令嬢の婚約者だなんて」
「王族は男女問わず一夫多妻制だ。選ばれる相手は上位貴族だ。基本的には未婚者だが、女性であるアイル殿下なら既婚者でも問題はない。歴史上にも王女殿下のお相手には既婚者もおられたしな」
もし殿下が男であったのなら誰の子かも分からない既婚者を相手にすることはダメだが、子供を産むのは女性なので相手の王族の場合に限り既婚者でも問題はない。ただ人として既婚者に手を出すのは問題がある為、あまりない。
「そうですわね。ミラノ公爵令嬢と殿下は本当に仲がよろしいですわね。愛しい人までも共有されるなんて。くすっ」
周囲から悪意と好奇の目が向けられる。
「レイファ」
エステルとメリンダが心配そうに私の傍につく。
「今のお言葉は侮辱ととっても問題ありませんか、キリッド伯爵夫人」
「侮辱だなんてとんでもございませんわ」
夫人は扇で口元を隠しながら「おほほほ」と笑う。
「私はただ殿下と公女の仲の良さを羨んだだけですわ。良かったですわね、公女。殿下があなたを気に入ってくださったおかげで側近はあなたで間違いないのですから」
つまり側近に選ばれるのは私の実力ではない。媚売りが上手かったからだということね。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。そう言えば夫人は今日、お一人ですか?」
私の言葉に夫人の顔が一変する。今度は私が夫人を嘲笑う番だ。
「大変ですわね、女性人気の高い殿方を夫に迎えるのは」
伯爵の女好きは有名だ。そして年を取った夫人を伯爵が相手にしなくなったのも社交界では有名な話だった。
私は夫人に夫を愛人にとられてたくせにでかい顔をするなと言ったのだ。まぁ、明日は我が身かもしれないけど。
私はホールの中央で踊るマクミランとアイルを見る。
「レ、レイファ、ぼ、僕たちも踊ろう」
後ろからにゅるっと現れたアグニ。来ているとは思ったけど、絶対にアグニと関わり合いになりたくはない。まず、アイルの前にアグニをどうにかしないと。
「冗談はやめて下さい。ファーストダンスの相手は婚約者か身内。あなたはそのどちらでもないでしょう」
そもそも男爵家の人間が公爵家に自分から離しかけるなどマナー違反だ。アイルといいアグニといいマナーに疎すぎだろ。私よりもアイルとアグニの方がお似合いじゃないの。
「でも、僕たちは愛し合っているだろ」
そう言ってアグニが私の手首を掴んで無理やりホールに連れて行こうとする。
「止めてくださいっ!」
さっきまでアイルとマクミラン、私のことで会話を弾ませていた貴族たち私とアグニに注目する。思ったよりも大きな声が出てしまった。掴まれた手の鳥肌が全然おさまらない。
「放した頂けませんか。私はあなたの婚約者でもなければ、恋人でもありません。訳の分からない思い込みで私に付き纏わないで。贈り物も結構です。いつもそのまま返送しているのだからいい加減察してください。迷惑です」
冷静に対処しなければ。みんなが注目をしている。少しでも対応を、言葉を間違えると醜聞に繋がる。
「それに私は公爵令嬢です。男爵令息であるあなたから声をかけてくるなんて非常識です」
「ミ、ミキちゃん、どうしてそんなに怒っているの」
本気で分からないという顔をしている。どうして金持ちの奴らってこんなにも話が通じないのだろう。おまけに思い込みも激しいし。
「私はレイファです。あなたの仰る『ミキちゃん』がどなたか知りませんけど、私とその方を同一視しないでいただきたい」
「どうして、そんな悲しいことを言うの。僕はずっと君だけを思って来たのに」
「それは一方的なお前の想いだろ。そんなものを押し付けられて迷惑に思のは当然じゃないのか。ましてや気のない男なら当然」
「いい加減、その手を放したら?淑女に気安く触れるものではない。ましてや女性の手が赤くなるまで強く握るなんて。男爵は魔法にかまけてばかりで女性の扱いをあなたに教えなかったようですね」
アシュベルとカーディルが来た。アシュベルの後ろにはアグニが年を取ったらこんな感じなんだろうなと思わせる男性が立っていた。
「父上」と、アグニが呟く。
「アグニ、公女から手を放しなさい。公女、謝罪は後日改めて」
「父上、僕は」
「黙りなさい」
急にアグニが口を閉じた。不自然な状態で。多分、魔法だろう。
アグニの体が宙に浮いたと思ったらそのまま男爵と一緒に出て行った。
「レイファ、大丈夫?手、痕になってるね。別室に行こう」
アシュベルに促されて私は静まり返った会場を出て行った。私の姿を呆然と見送るマクミランの姿が一瞬視界に入るけど彼の手をアイルがしっかりと握っているので今は声をかけない方が良いだろう。
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