第31話 届かない慟哭

「何か御用ですか?」

「御用ってわけじゃないんだけど、その、大丈夫かなって」

どうやら私のことを心配してくれているようだ。

「女の子に対してすることじゃないよなって。ましてや同じ騎士団の仲間なのに」

「仲間じゃないわ。少なくとも彼らにとっては。怒るのも無理ないわ。公爵令嬢で何の覚悟もできていない小娘が同じ制服を着るのよ。これ以上の侮辱はないわ」

「でも、君のせいじゃない。こんなのは理不尽だ」

「あら、知らなかったの。いつだって理不尽よ」

日本でもこの世界でもそう。いつだって理不尽なことばかり。

怒っても何も変わらない。泣いても、叫んでも何も変わらない。現状は自分で打破するしかないのだ。

「あなたも巻き込まれたくなければ私に関わらないことね」

貴族の妾腹なら貴族にとっては攻撃対象。

騎士団のように上下関係が厳しく、訓練がつらいストレスの塊のような場所では私や彼は鬱憤を晴らすにはちょうどいいだろう。

「うーん、でも、俺は女の子に陰でコソコソしておいてプライドだの誇りだの言っている人と仲良くする気はないんだよね。それよりも君みたいな頑張っている女の子とお近づきになりたいと思うんだけど、どうかな」

爽やかな笑顔とは裏腹に言っていることはかなり辛辣ね。

さて、この言葉を素直に受け取っていいのだろうか。

伯爵家の妾腹

公爵令嬢の私に近づき、親しくなるメリットは幾らでもあるだろう。伯爵家は継げないだろうし、妾腹ということでもしかしたら伯爵家で虐げられている可能性もある。

私と仲良くなることで伯爵家を見返したいと思っているのか、私に取り入って公爵家に入るつもりなのか。

ああ、面倒だ。

日本と違ってこの世界では人間関係にここまで気を遣わないといけない。アイルがいなければ私もここまで警戒することなく人生を謳歌できたのかな?

いや、止めよう。“もしも”なんて無意味だ。それは所詮、起こり得ない事象なのだから。

「変な人ね。私の噂、知らないの?」

「侍女が背積極的に広めている噂でしょう。それも王女宮の侍女がね」

「‥…」

アレックは「どうしたの?」と無邪気に首を傾げる。

これは演技か?今の言葉は何気なく発した言葉なのか?それとも私に対する忠告か?

落ち着こう。

今、何が引っかかった?

“王女宮の侍女”

そう、王女宮の侍女が広めている噂

私に対して良い感情を抱いていなかった。私がアイルの命令で専属侍女になったから。だから仕方がないと思っていた。本当に?私は公爵令嬢だ。噂を積極的に広めるのはリスクが高すぎないか?

騎士たちが私のことを話している内容は何度も耳に入って来た。

その内容を思い出してみると彼らは王女宮の侍女から聞いたと言っていた。陰で言うだけなら問題はない。誰かに咎められれば別だけど。だからこそ誰にも咎められない使用人の休憩室や使用人しか来ない場所で陰口を言うのだ。

でも、王女宮の侍女は貴族が平気で通るような回廊でも口にしていた。

躾のなっていない侍女たちたと思った。

でも、違ったら。命令を出されていたら。誰に?

そんなの一人に決まっているじゃない。咎められていてもバックに王女がいるのなら何も問題ないではないか。王女が自分たちを守ってくれるのだから。

「‥‥‥アイル」

気が付いたら私はアイルの元へ行っていた。

「ミキちゃん、嬉しい。私に会いに来てくれたの?」

花が咲いたように喜ぶアイルは私が彼女を冷淡な目で見ていることに気づいていない。

「聞きたいことがあります、王女殿下」

今すぐ胸倉を掴んで、そのムカつく顔が変形するほど殴りたい衝動にかられた。理性を総動員させて何とか行動を起こさずにすんだけど油断をすれば何を仕出かすか分からない自分がいた。

ここで思ったままに動けば死罪かなと頭の片隅で冷静に思っている自分がいる。自分のことなのに他人事のように心のままに動いた自分の末路を分析している。

ああ、ついに壊れたのかな。

「なぁに?あっ、お茶の準備をするね。座って」

「お茶は結構です。直ぐに戻りますので」

アイルは私の言葉を無視して侍女にお茶の準備をさせる。

「そんなこと言わないで飲んで行ってよ。最近、会いに来てくれないから寂しかったのよ。私から何度会いに行こうかと。あっ、その時はちゃぁんとアグニも連れて」

「王女殿下っ!あなたに聞きたいのは王女宮の侍女が流している私に対する噂です」

彼女の御託に付き合ってあげるには心に余裕がなさすぎる。早く用件をすませてこの場を離脱した方が自分の為だろう。

「騎士団の中で王女宮の侍女から私の良からぬ噂を多く聞いている者がいます。騎士団だけではありません。王女宮の侍女が積極的に広めているようです。あなたがそう命じたんですか?」

「うん、そうだよ」

アイルはあっさり肯定した。まるでそれが悪いことだと認識していないようだ。

「あのね、レイファってヒロインの親友ポジションなんだけどね実はかなり評判が悪かったの。それでもねヒロインだけが最後までレイファを信じて、彼女の味方でい続けるんだよ」

頭の中は真っ白で、何も考えられなくなる。

ダメだ。思考を止めるな。彼女の思考を理解する必要はない。でも、彼女の考えは聞かないと。

ここは日本とは違う。人権なんて合ってないようなものだ。

疑わしきは罰せよが実践される世界。

考えることを止めたその瞬間に私はこの化け物の吐く糸に絡めとられて死ぬだろう。

「“最後まで”とはどういう意味ですか?」

「ああ、レイファはねずぅーっとヒロインに嫉妬していたの。レイファの家族ってレイファを愛してないでしょう。レイファのことを出世するための道具だと思っている。だからレイファはお父様に愛されているヒロインにずっと嫉妬していたの。それでヒロインを裏切って悪役令嬢の手を取るの。そのせいでレイファは死ぬんだけどね」

‥…し、ぬ?

どうしてアイルは、マヤは何でもないことのように話しているのだろう。

まるで嵌っているゲームの内容を友達に自慢するみたいに。

分かっているのか?今、目の前にいる私がレイファなのだ。

「ヒロインはレイファの死を凄く悲しむの。ああ、大丈夫だよミキちゃん。恨んだりはしないから。私がミキちゃんを恨むわけないじゃん」

気にするのはそこなんだ。

最早、から笑いしか出てこない。

「いつ、どのような場面で死ぬんですか?」

「ええっとね、覚えてないや。あははは、ごめんね」

死ね。今すぐ死んで私の前から消えろ。この厄病神。

「ゲームと違って私の悪評が流れてこないからご自分で流したのですか?ゲームのシナリオ通りにする為に」

「そうだよ」

「そうですか。あなたは私をそんなに殺したいのですか?私が死ぬのをそんなに望んでいるのですか?」

「そんなわけないじゃんっ!何を言っているの、ミキちゃん」

「私はミキちゃんじゃありませんっ!レイファです。レイファ・ミラノです。あなたに死ぬと断言された人間です」

ああ、分かった。分かってしまった。ずっと気づかないフリをして、気づきながらもあり得ないと見逃していたこと。

どんなにこの世界で生きようともアイルにとってこの世界はゲームの中で自分たちはゲームの登場人物でしかないのだ。この世界にある“死”と日本にある“死”が同じとは考えられないのだ。

私は死ぬ。

殺される。

アイルの無邪気さに。

どうやって守ったらいい?この愚鈍な女からどうやって自分を守ればいい?私はどうすればいい。

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