第29話 条件
「‥‥‥これは、何ですか?」
ユニアスとの訓練が終わってすぐに私は父の元へ行った。
すると父は満面の笑みで「ちょうど今から呼びに行くところだった」と言う。
そして渡されたのは丈の短いワンピースとマント。それにロングブーツ。
「喜べ、レイファ!」
無理っ!
「お前はユニアス殿との訓練が終了次第、王女殿下の専属護衛に抜擢される。危険が伴うのでさすがに辞退を申し出たのだが陛下からあくまで王女殿下のお傍に多くいる時間を確保するための建前だそうだ。まぁ、公爵令嬢のお前を危険に晒すようなことはさすがに陛下も王女殿下もすまいよ」
マジでそれを信じたの?馬鹿じゃないの。
危険がないとどうして言い切れるの。だいだい、アイルのイベントって危険度満載じゃない。もしアイルの身に何かあれば私だって罰を受けるよね、これ。
いくら建前でも専属護衛という名目で傍に居るのなら尚更。
「もし、何かの間違いで怪我でもすれば私はお嫁に行けなくなりますが、それでよろしんですか?」
「万が一などない」
どうしてそう言いきれる。
陛下の言葉を疑いなく信じるこのアホの頭をかち割ってやりたい。
「王女殿下のお傍には常に優秀な護衛がおるし、それにこれは王女殿下と陛下が望まれたことだ。無碍にはできまい。お前は優秀で剣術面にも才能があるとか。陛下がとても褒めていたぞ」
ああ、なるほど。おだてられちゃったのね。
頬を染めて喜ぶ姿がとても気持ちが悪い。
私の行動が裏目に出始めている。もし、私が始めた事業のことを知ったら一緒にやりたいと言い出すんじゃないだろうか。評判は良いし、事業も軌道に乗ってきている。そこにアイルなんて異分子を投入したら失敗する可能性大。仮に失敗しなくても私の功績をそのままアイルの功績に塗り替えられる可能性がある。
徹底的に情報をアイルから隠さないと。
「お父様、お飾りなら必要ないのでは?」
陛下は私をアイルの盾に考えているのだろう。当然だけど、父には伝えてないはずだ。
自分の娘の為なら何をしても許されると思っているの。
もし私の身に何かあれば賠償を支払えばいいと考えているのでしょうね。賠償を支払われたところで潰れた私の未来に何の足しにもならないのだけど。
「そ、そうだが。口うるさく言うものもいるそうだ。そこで王女殿下が気を利かしてくださりお前が周囲から孤立しないように敢えて立場を与えてくださったのだ。お優しい方だ」
そんな説明で納得するなよ。仮にも公爵だろう。アイルにそんな頭あるわけないだろう。
「これは既に決定事項だ」
回避不可能。ならば、最善策を選ばなくては。
「分かりました。護衛の任、謹んでお受けします。ですが、条件があります」
「条件?」
訝しげに見てくる父に私は満面の笑みを見せる。
当たり前だろうが。無条件で誰が危険な(しかも馬鹿女の為に)任務に就くわけないでしょう。お父様も無条件で受けるんじゃなくて陛下にある程度の条件を突きつけるぐらいはして欲しいわね。
期待するだけ無駄なのは分かっているけど。
「まず、お父様はあり得ないと仰いましたが王女殿下のお立場上、絶対に危険がないわけではありません。それにお飾りでも護衛騎士という立場になるのなら殿下に何かなれば我が家は処罰の対象になります」
“処罰”という言葉に父は青ざめる。あの子煩悩が処罰なしですませるとは私には思えない。
「だ、だが、陛下はあくまで建前で、護衛をする必要はないと、それに、責任も問わないと」
「それ、書面で貰ってますか?まさか口約束ではないですよね」
黙ってしまった父を見るに口約束のようだ。盛大なため息をつきたいところだけど、淑女のすることではないわね。
「だが、宰相も聞いていたし」
「形として残っていない以上誰が、どれだけの数の人がその話を聞いていようと“言っていない”と陛下が言ったら言っていないんです。そして陛下には周囲を黙らせる権力があります。一公爵の言い分と陛下の言い分、どちらが正しのかなど関係ありません。問題はどちらにつく方がより利益を得られるかです」
権力に弱い父ならすぐに分かるはずだ。
陛下の言い分が真実と違っていてもより権力のある陛下の言葉を是とされるのは分かりきったこと。証拠があれば別だけど、それすらないのなら「公爵の勘違いだな」と陛下が言えばこの男は頷かざるおえない。
父は自分の失態に気づき、愕然としていた。
「陛下が王女殿下を溺愛している話は有名です。王女殿下にもしものことがありその怒りがこちらに向かない確証などありません」
「今から辞退を」
「一度引き受けたものを辞退することなどできませんし、陛下の印象を悪くするだけです」
「そんな、どうすれば」と右往左往する父の姿は本当に情けない。野心家ならもうちょっと頭をまわしたり、ドンど構えていなさいよ。これ、ゲーム作成者の設定ミスなんじゃない。
偏差値の低いマヤがはまるゲームなんてこの程度が妥当なのかもしれないわね。
「落ち着いてください。万が一に備えればいいだけです。私が提示する条件は二つです。まずは騎士の訓練に混ざり護衛について学ばせてください。護衛がどのように動くかを分かれば王女殿下を守りやすいですし何かあっても対処可能です。もう一つは万が一、私が負傷して結婚できない体になってしまった場合は怪我の完治から一年後は当面の面倒見ていただき、その後は自由にさせてください」
「自由に?」
「年が祖父と孫ほど離れているような殿方や評判に問題のある殿方に嫁ぎたくなどありません」
怪我を負った令嬢を娶ってくれるのは女好きの最低男になるだろう。かと言って修道院に入って神に仕えるのは性に合わない。
「新しく始めた事業に専念したいです。身分も剥奪して構いません。公爵家の当主は縁戚からお選びください。それが条件です」
父は暫く考えた後、条件を受け入れてくれた。当然、書面に私の希望を書いてサインさせた。勿論、弁護士も立てたちゃんとしたものだ。身内の場合、書面に残していても処分してなかったことにされる場合があるので。
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