第10話 情報収集
侍女に頼んで茶髪のカツラと黒縁眼鏡と黒髪のカツラを買って来てもらった。
私は茶髪のカツラを被って出勤、王女の相手をする。王女が食事中の時は黒髪のカツラに黒縁メガネで他の侍女に交じって情報収集
「えっ?王女殿下があのいけ好かない公爵令嬢の侍女に話している内容の意味?」
悪かったわね、いけ好かなくて。
部屋に飾られている壺を磨きながら一緒に部屋の掃除をしている侍女から得られる情報がないかと近づいたけど、やっぱり私のことをあまり良く思っていないみたい。
会ったことがなくても噂一つ、待遇一つでここまで人は人を嫌いになれるものなのね。
人間って怖い生き物ね。
「“攻略対象者”とか“乙女ゲーム”とかよくそのいけ好かない公爵令嬢に話しているじゃないですか。皆さん、平然と仕事されているので分かっていないのは私だけなのかなって」
「誰も分かっちゃあいないわよ。昔からよ。一種の病気ね。あの公爵令嬢も適当に相槌打ってるだけで話なんて何一つ分かっちゃあいないはずよ」
半分正解で半分不正解ね。
でも案の定、マヤの記憶をベラベラと話すアイルは周囲から電波少女扱いされているのね。
「でも聞いていて面白い話ですよね。まるで物語を読み聞かされているみたいで」
「そうかしら?内容が具体的過ぎで私は逆に怖いわ。登場してくる人物名だって実在するし」
「そうですね。登場してくる男性はみんな王女殿下と婚約してもおかしくはない方たちばかりですよね。王女殿下も女の子ですから色々とロマンチックな夢を見ていらっしゃるんですわね。随分と可愛らしい方ですわ」
思ってもいないことを頑張って口にしたのに侍女はゲテモノでも見るような目で私を見てきた。
「眼科に行って来たら?」
「‥…」
“可愛い”なんて死んでも思わないから眼科に行く必要はない。でも、君とは気が合いそうだ。
「殿方と凄い恋愛をする話を私は聞きました。あなたはどんな話を聞きました?興味があるので是非、教えて欲しいです」
「殆ど聞き流してるからな。そう言えば“イベント”とかよく言っているわね」
イベント‥…ヒロインが攻略対象者を口説き落とす為に存在する出来事だ。
アイルが私に話す内容は攻略対象者がどれだけ素晴らしいかっていうことと、アイルがどれだけ愛されるかってことばかりだからイベントについては何の情報もない。
「“イベント”って?お祭りか何かですか?」
「違うみたい。何だかよく分かんなかったし、私も『また馬鹿言っているよ』で聞き流してたからよく覚えてないのよね」
仮にも王女に向かって、馬鹿って。
侍女たちはアイルを主として敬ってはいない。見下す対象になっているのね。当然だけど。
貴族社会って怖いところよね。
身分が全てってところはあるけど、でもその人の性格によっては下級貴族が上級貴族を食い殺すこともあるのだ。
内気だったり、馬鹿だったりする上級貴族は簡単に陥れられるし何をしても反撃してこない相手なら当然、見下すし、苛めの対象にだってなる。それで追い詰められて死を選んだ上級貴族は歴史上に存在する。
貴族って人間の腐った部分を凝縮してできた存在みたいよね。
私も貴族、しかも公爵令嬢だから嫌だけど。
「何でも姫様は誘拐されたり、モンスターに殺されかけたりするんですって。王女である姫様には必ず護衛がつくからあり得ないのにね」
そう言って侍女は鼻で笑っていた。
乙女ゲームはそういうところはスルーだもんね。ヒロインと攻略対象者にとって都合よくできているから、イベントの為には普段ついているはずの護衛は姿を消すのだ。
でも、現実世界ではそうはいかないはずだ。
アイルに味方をしている馬鹿神がそこら辺のイベントをどうセッティングするつもりだったのか分からないけど。今は謹慎中だし、余計なことはして来ないはず。そう、願いたい。
「そうですね。でも、現実世界で起こったら怖いですよね。王女殿下は一人っ子ですし」
「だからこそがちがちに護衛で固められてるんでしょう」
そうなのだ。そして、唯一の子供だからこそ周囲に甘やかされて育ったのだ。甘やかしたのは主に両親である陛下と王妃だけど。
「でも、それだと余計に気になりますよね。王女殿下はどうやって誘拐されたりモンスターに襲われるような事態に陥るんでしょう?」
「さぁ。話してたかもしれないけど覚えてないわ。だってあんな馬鹿な話、いちいち聞いていたら頭おかしくなりそうだもの。あの公爵令嬢のことだって“ミキちゃん”って呼んでるし。“親友”とか言っておきながら名前を覚えてないとかマジうける。レイファだってぇの」
呼び捨てにすんなってぇの。
でも、これ以上は何の情報も得られそうにないわね。イベントについてはそれとなくアイルに聞いてみよう。
「あれ?そう言えばあなたって誰だっけ?あまり見かけたことない気がするんだけど‥…あれ?どこに行ったのかしら?まぁ、いいか。王女宮に不審者が入れるわけもないし」
侍女が私のことを追及しようとした時、私は既にその場を離脱していたので正体がバレる危険は知らないうちに回避していた。
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