リウムリウム
卯月草
序章
迷路のようなその道を照らすものは少なく、容赦なくこの場を暗闇で覆おうとする。
その闇に溶け込みそうな、黒いスーツをきっちりと着た男はネクタイに指をかけ緩める。シャツの袖から覗く手首には黒く〝KANATA〟と表記されている。それは自身の、この男の名前であった。
壁に片手をつき屈んだ状態でそっと顔を出す。
人影が見える。顔までは見えず輪郭がぼんやりと分かるくらいだ。
「これじゃあ下手に動けないな」
カナタは舌打ち混じりに言う。ゆっくりと息を吸うと静かに吐く。どうやら体が強張っているようだ。
それは見えないものへの不安感か、それともいつも隣にいる〝あいつ〟がいないことへの恐怖心か。
「どこに行ったんだ。イツキ……」
あの人影が何者なのか把握できるまでは下手に動けない。カナタは息を潜める。
「動くな」
突然、後ろから掛けられる声。そして振り向く間もなく後頭部に嫌な感触があたる。
カナタの背後をとったその人物は、そのまま頭に押し当てたものを左右に動かす。
「やめろ、痛いだろ……」
カナタは眉間に皺を寄せ後ろへ向いた。
「だってカナタ、緊張してたみたいだから」
その人物は押し当てていた拳をパッと開きおちゃらけた表情をする。袖の隙間からはカナタと同じようにアルファベットが見える。
「イツキ、どこ行ってたんだ」
「迷い込んだ野良猫と、ちょっと遊んでた」
「遊んでる場合じゃないだろ」
イツキと呼ばれたその男はカナタとは対照的だった。同じスーツではあるがシャツのボタンは上二つまで外されていてネクタイはしていない。
「お前がここにいるってことは、あっちにいるのは……」
「ああ、それならもういないと思うよ」
「何言ってるんだ……」
カナタは訝しげにそう言った。
「ほら立って立って」
イツキは何の躊躇いもなく壁から出ると、その人影の方へ体を向けて立った。
「おい!」
カナタは慌てて立ち上がりイツキの横へ立つ。
さっきまで確かにいたはずの人影はどこにもなかった。
「どこに行ったんだ……」
「帰ったんじゃない? 俺らも今日は帰ろうよ。業務終了」
呑気な声で言うイツキを睨み、カナタは口を開いた。
「猫と遊んでたんじゃないのか」
「俺にとっては遊びだけど。他の人からしたら違う解釈になることもあるだろうね」
「……分かった」
イツキはカナタがこの状況に納得していないことは分かっていたが、これ以上話す気もなかった。
「ほら行こう。世界を元に戻さないと」
「ああ」
突如として道は形をなくしていく。それらはインクのようになりカナタとイツキの足元へ広がった。
空は色を取り戻し、太陽がアスファルトを照り付けると、その二人の姿は消えていた。
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