キャンディは砕かれていた⑧
「で、一矢報いて満足したつもりが、そのまま勝ってしまったと?」
和彦は先ほどまでコロッケを割るのに使っていた箸をこちらに向けると呆れた表情をした。僕は食べかけのあんパンを慌てて喉の奥に押し込んだ。
「そうなんだ。第一セットでボロ負けだったのが、第二セットから徐々に押し返しての二回戦突破だったよ。鈴木くんなんか試合が終わると同時に泣き出すし、まさに死力を尽くした試合だった」
「二年二組との試合ですべてを出し切った結果。準決勝で一年生相手に二セット連取されての完敗か。どこぞの漫画みたいな展開だな」
赤ウィンナーを頬張る和彦の面白くないという口調の理由はだいたい想像がつく。バレーが変に盛り上がったせいで卓球への応援が少なかったのだ。和彦は現在ベスト十六位まで進出しているらしいが、昼休みのいま、クラスでも話題にあがっていない。
「そうはいうけど、もう僕は限界だ。足ががたがただよ」
「実際。大丈夫なのか」
弁当に入っているきゅうりを几帳面に脇にどけながら和彦が真面目な声で尋ねる。
「まぁ、ぼちぼちだね。もともと自業自得なだけにどうしようもないさ」
骨折したことがバレたくない、と二週間も隠したのが運の尽きだったのだ。子供のときは名案だと思ったのだが、今となっては迷案だったとしか言い様がない。目の前ではきゅうりだけが残った弁当箱のふたを和彦が閉めていた。
「まぁ、そうだな。ごちそーさん」
「和彦。またきゅうり残してなかったか?」
「小姑みたいなところばかり見てるな。嫌いなんだよ」
「そんなこと言ってると――」
「大きくなれないぞってか?」
「そうそう。別にそれにどういう栄養があるとか関係なく言われるよね」
「そうだな。せめて肉とか魚のときにだけそう言って欲しいもんだ」
和彦は弁当箱を袋にしまい込むとカバンに投げいれた。僕も購買で買った菓子パンをビニール袋に乱雑にまとめてカバンに押し込んでから水筒を取り出した。そのときだった。透明なビニール袋がカバンの底のほうに見えた。ほかに何かをいれた記憶もないので、それを取り出す。
ビニール袋の中には割れたビー玉のようなものが入っていた。
「京平。なんだそれ?」
「さぁ? なんだろう。こんなもの入れた覚えもない」
和彦は怪訝な表情で袋を覗き込むと「飴だな」と言った。
確かに言われてみれば飴である。それもなにかで潰された飴だ。ばらばらに崩れたその姿から食べるのは無理だろう。口に入れればすぐに欠片が歯茎や喉に刺さって痛い思いをするに違いない。
「いつからこんなの入れっぱなしにしてたんだ?」
「いや、覚えにないんだけど」
「こんなに砕けてるってことはずいぶん前に入れたんじゃないのか?」
思い返してみるがカバンに飴を入れた覚えはない。そもそも飴玉を直接ビニール袋に入れるというのはあまりみない梱包だ。普通は小分けの袋に入っているものだろう。すくなくとも昨日の夜に教科書を抜き出して、体操服を詰めたときには飴など入っていなかった。
「入れてないはずなんだけど。和彦が気をきかせて、疲れてるだろうから飴をとか思って入れてくれたわけじゃないよね?」
「ねぇよ。京平に飴を渡すのにわざわざそんなことするか。普通にまとめ売りしてる飴の袋をお前に差し出すだけでいいだろ」
「だよね。じゃーなにこれ? 気持ち悪い」
「お前、誰かに恨まれてるんじゃないか」
僕と和彦が飴について話をしていると浮かない顔をした柳が僕たちのクラスに入ってきた。
「あ、いたいた。僕のカバンに飴入れた?」
「柳もか?」
「京平も?」
僕と柳は飴の入ったビニール袋を見せ合うとそれはそっくりだった。僕の飴が薄緑色で柳は黄色という具合に違いはあったが、手のひらくらいのビニール袋に砕かれた飴が入っているのはまったく一緒である。
「言っておくが俺じゃないぞ」
予防線を張るように和彦が左右に首を振る。
柳はそれを怪しいと言うように疑いの眼差しを向ける。
「僕も和彦じゃないと思う」
僕が和彦犯人説を否定すると柳は意外そうな顔をした。どうやらこんないたずらをするのは和彦だと決めつけていたらしい。それでも、柳には納得いかないらしく僕と和彦を見比べていた。
「簡単なことだよ。和彦はまだ順調に卓球で勝っているんだ。体育館と教室を行き来して飴を入れるようなイタズラしてる時間はないさ」
体育館と僕らの教室までは歩いて五分ほどだ。無理をすればできないことはない。だけど無理をしてまで僕と柳のカバンに飴を入れる必要性が和彦にあるようには思えない。もしあれば柳も揃った段階で言っているだろう。
「確かに、負けていたなら小人閑居して不善をなす、というのは納得だね」
「まぁ、そんなわけで和彦は犯人じゃないさ」
ある程度、納得したらしく柳は自らの丸坊主の頭を撫でた。
「逆にお前らが俺を担いでるんじゃないか?」
「ないよ。僕はバレーでへとへとなんだよ」
「ないね。そんなことをするくらいなら女の子ウォッチをしてるよ」
僕たち二人から否定されて和彦はすこししょげた顔をしたがすぐにいつもの負けん気に満ちた表情に戻った。
「なら、なんだこれは?」
和彦が僕と柳のビニール袋を持ち上げてまじまじと眺めていると、背後から声がした。
「あれ、お前らもそれあったの?」
それは先ほどまで熱戦を共にした鈴木だった。彼の手にも同じようなビニール袋が有りなかにはピンク色の飴がバリバリに割れた状態で入っていた。
「鈴木くん
「三木もか」
割れた飴の入った袋は三つになった。僕と柳なら交友があるものの鈴木は普段はほとんど話すことがない。単なるクラスメートだ。僕らに共通点があるかと言われればそれはとても希薄に感じざるを得ない。
「一体だれが入れたんだこんな気味の悪いもん」
鈴木が呟くと柳が黒板に書かれた日付を指差して「ホワイトデーのキャンディかな?」とつぶやいた。
「僕たちはもらう側じゃなくない?」
「そうだな。バレンタインならもらう側だけどな」
僕はホワイトデーという言葉に一瞬だけ慌てたが、すぐに平静を装うことができた。視線だけでクラスにいるはずの修善寺の方を見る。彼女は僕たちが騒いでいることなど気にならないのか澄ました表情で窓の外を眺めていた。
その表情からはなにも読み取ることができず、僕は首をかしげた。
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