キャンディは砕かれていた⑤

「――ここに球技大会を開催いたします」


 生徒会長――野口和彦の当たり障りない開会の挨拶で球技大会は始まった。生徒たちの中にはやる気にあふれたものもいればやる気のなさそうなものもいるが、それでもなんらかの楽しみがあるのかあっという間にそれぞれの会場に消えていった。


 その一団の中に先月のバレンタインで不幸にも激辛チョコレートを食べることになった金田たちのグループもいたが、そこに熊谷の姿は当然のようになかった。同じ男性を巡って大立ち回りをしたのだからそうなるだろうが、友情の儚さを思うとどうにもやるせない。


 僕の参加する男子バレーはこのまま体育館で行われる。コートの準備が終わるまで手持ち無沙汰に立っていると上だけ長袖のジャージに下は短パンという変則スタイルの修善寺が話しかけてきた。


「おはよ。今日は頑張ろうね」


 修善寺は片手を振って僕の隣に立ち止まる。学年カラーの青色のジャージと短パンからスラリと伸びた脚の白さが目に毒のようで僕は視線を上げた。


「こういうとき電車通学は面倒だよね」


 競技大会では基本的に生徒は体操服での通学になっている。だが、電車通学の生徒はそういうわけにもいかず制服で登校してから着替えることになる。とはいえ、電車通学の全員が着替えるとなると普段の体育の授業よりも人数が増えるため男子は教室で、女子はすべての更衣室を使用して着替える。


「でも、体操服で電車には乗りたくないし仕方がないよ」


 四之山高校の体操服はあまりカッコよくない。正直に言えば学校内以外で着てくれと頼まれても嫌だと言いたいくらいのデザインだ。これでも数年前の生徒会が学校側に申し入れてマシになったと言われるが、それでもわけのわからない足元の絞りや袖口の無駄に入ったラインなどはわざではないかと疑うほど容姿を損ねている。


「確かに。どうしてわざわざ変なジャージにするかなぁ」

「カッコ悪いほうが着ていたくないって思うから皆が真面目に体育をうけるのかも」

「はやく体育が終わるように?」

「そう。通学カバンも同じで恥ずかしいから早く家に帰りたい、と思わせることで買い食いとかを抑止させる効果があるんだよ」

「それ、本気で言ってる?」


 疑い深そうに目を細めて修善寺が訊ねる。誰も本気で言っていたわけではないがそこまで怪しまれると少しばかりは傷つくものである。


「いや、まったく」

「危うく騙されるところだった」


 修善寺は少し怒ったように言ったが声に華やぎがあるので本気で怒っているわけではないだろう。話している間にコートの準備は順調に進んでいるらしく、コートにネットが貼られている。


「もうそろそろかな」


 修善寺は少しだけ俯くと「はやいなぁ」とこぼしたが、直ぐにこちらに顔を上げる。


「じゃ、頑張ってね」

「まぁ、ぼちぼちね」

「覇気がないなぁ」

「性分だよ。それに熱血でも変じゃないかな。うぉー勝つぞー、とか今どき漫画でも見ないし」


 僕がわざとらしく野太い声を出すと修善寺は愉快そうに微笑んだ。


「うん、似合わない。じゃ、またね」


 そう言って修善寺はコートから出て行った。近くではほかのクラスメイトや他クラスの生徒たちが集まっている。その中のいくつかのチームでは「二組ファイトー!」とか「やるぞー!」と円陣を組んでいるものもあり、熱血というのは意外にもしぶとく生き残っているのだと驚いた。 

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