キャンディは砕かれていた①
「きょーちゃん、もう少し遊ぼ」
髪を両サイドで結んだ小学生くらいの少女が言う。夕暮れの公園には僕――
「もー遅いから明日ね」
幼い僕が言うと少女は「えー」と大きな声で嫌がった。
「いい加減にしないともう遊んであげないよ」
僕が言うと少女はひどく驚いた顔をして泣き出した。
それは僕が彼女の首筋を石で打ち叩くほんの少し前のことだった。
「……普通じゃない」
僕はそのときの言葉をつぶやきながら悪夢から目覚めた。
懐かしい夢だ。同時に僕と彼女――
じっとりと汗で湿ったTシャツをベッドに投げ捨てて僕はタンスから新しいシャツを取り出した。乾いたTシャツに着替えると少しだけ気分が良くなったが、現実は何も変わってはいない。僕はゆっくりと学習机の二段目の引き出しを開くとバレンタインに渡されたチョコレートが綺麗にラッピングされたままの姿で入っていた。
自分を殴りつけた相手にチョコレートを渡す気持ちも僕に関わろうとする彼女の気持ちも僕には分からない。すくなくとも被害者が普通するようなことではない。それともこのチョコレートには毒でも入っていて僕に復讐するためのものではないかとも思うが、僕にはこれを食べる勇気はない。
しばらくチョコレートとにらめっこをして僕は引き出しを閉じた。
幸いなことに修善寺はチョコレートのことについて聞いては来ない。「美味しかった?」とも「まだ食べてないの?」とも言わない。ただ毎日のように朝と夕方のホームルーム前に話しかけてくるだけだ。だが、それが僕には余計に不気味で彼女が何を考えているのか分からなかった。
ただ分かっているのはホワイトデーがあと一日と迫っているということだ。
僕は机の上に置かれた卓上カレンダーの三月十四日の文字の下に小さくホワイトデーと書かれていることを忌々しくおもいながらため息をついた。
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