第3話:変化した情勢と……

3-1

 動画が話題になってしばらくした頃だろうか。カレンダーは七月、その一〇日である。

場所は草加市内のアミューズメント施設なのだが、外見や内装は明らかに一般人の認識でいう所のゲームセンターとは明らかに違う。

ベンチに座っているこの人物は、スマホを片手にデンドロビウムの動画を見て、何か妙なものを感じていた。

「これをチートと言う人間は――どうかしている」

 左手に持ったコーヒーの入ったタンブラーをひとまずベンチに置き、この人物はモニターの近くにあるイートインスペースで別の動画を視聴し始める。

高身長で30代位の若者は、いかにもファンタジーの様な装備をしているのだが――これはAR技術ではなく、コスプレである。

その下に着ているのはグレーのARゲーム用インナースーツであり、それを隠す為の服なのかもしれない。

「あの動きでチートとか言われたら、プロゲーマーとかどうするよ?」

 彼はコーヒーで酔っ払っている訳ではないのだが、ひとりごとに近いような愚痴をこぼす。

実際には酒を飲んで酔っている状態ではない。この施設内では禁酒禁煙が徹底されているので、そのような事をすれば即出入り禁止だろう。



 彼はプロと言う訳ではなく、純粋にARゲームが好きなプレイヤーの一人だ。

最近のプレイスタイルは、チートプレイヤーに情け無用と言うデンドロビウムに近いと思わせるスタイルに変化している。

そう変えてしまったのは、無法地帯と化したARゲームに対する抵抗――なのかは分かりかねるが、おそらくはそうなのかもしれない。



「プロゲーマーでも、アレだけの反応速度を出せる人間は存在しない――とは言い切れない」

 そんな彼の隣に姿を見せたのは、身長が自分よりもあると思われる女性だった。

黒髪のロングヘアーに、眼鏡をかけているようだが――彼の方は目を合わせる気配がない。身長は、見上げると一九〇はありそうである。

 服装はカジュアルなもので、周囲にいる人間と比べると若干の場違いな気配があるかもしれないが――それにツッコミを入れる余裕はないのだろう。

実際、彼を含めて周囲の人物の服装は狩りゲーと呼ばれるジャンルのコスプレイヤーが多いようにも見えるだろうか?

逆に言えば、彼女の服装の方がイレギュラーと言う可能性が高いのかもしれない。

「リアルチートでもいると――言うのか? 現実味があるとは言い難いな」

 男性の方は彼女の方を振り向き――リアルチートの単語に関しては否定的な反応を見せる。

もしかすると、リアルチートという言葉を使う事が不適切と言う様な空気が周囲にあるのかもしれない。

実際、一部のギャラリーがリアルチートと言う単語に反応して視線を長身の女性へと向けていた。



「まるで、チートと言う単語を犯罪者と言う様な意味で使っているようにも――」

 女性の方は、これ以上の言及を避ける。迂闊に周囲を敵に回せば、生きて帰る事は出来ないだろう。

デスゲームの類がARゲームでは厳しく禁止されており、それに違反すればライセンスの永久凍結される可能性が高い。

彼女の方も、それに関しては得策でないと考えている為か――周囲の出方をうかがう。

「そう言った用途でチートと言う単語を使っているのは――あいつだ」

 男性は右手の人差指で、現在視聴している動画の人物を指差した。

その人物がデンドロビウムなのは周囲の人間は理解しているようだが――?

「馬鹿馬鹿しい。チートとバランスブレイカーを同列に語るような人物と一緒にしては困る」

 顔では冷静さを保っているようだが、男性の行動に対して不快感を持った可能性は高い。

それ程に彼女はデンドロビウムに対して同族嫌悪でも抱いたのだろうか?

あるいは、デンドロビウムとは違うプレイヤーを指差して、そちらと同じレベルと言う例えをされた事に腹を立てたのかもしれない。

彼女の名は北条高雄ほうじょう・たかお、仮にもプロゲーマーと呼ばれる部類の人間である。



 草加駅近くのアンテナショップで装備のカスタマイズを行っていたのは、スパッツにタンクトップと言う姿の女性。

時間は周囲の時計で午前十一時三五分を指している。そして、この彼女がデンドロビウムと気付く人間はいない。

低身長という特徴は共通するのだが、髪の色が黒と言う事でスルーされているのだろう。

「ここのプレイヤーは、まだ分かる人種だ――」

 彼女が分かる人種と言ったのは、チートに関する考え方である。

ロビーで待機していた男性は「チートこそ害悪であり、排除すべき」と彼女に語り、肩を叩いていた。

この人物がどのような理由で接触したのかは分からない。多分、仲間を集めたいと言う考えがあるのだろう。

「しかし、自分の様な天の邪鬼は一人で十分だ――これ以上、タダ乗り便乗で悪目立ちする人間が現れてたまるか」

 デンドロビウムは自分のような役割の人間は1人だけで十分とも考えていた。

迂闊に何人も同じような人間が現れれば、トータルバランスが崩れる可能性があると考えているのかもしれない。

「こっちをタダ乗りというのか?」

 デンドロビウムに声をかけた男性は、自分のことを否定されたような気分になったのか、少し冷静というには難がある口調になりつつある。

しかし、ここで大声を出したり他のプレイヤーに危害を加えれば出入り禁止になるので、そういった点では感情を抑えているというべきか。



 それに――デンドロビウムが使用しているガジェットは独自カスタマイズ過ぎて、他人が使えるとも思えないシロモノだ。

量産されたとしても、それを実際に扱える人間はすぐに出てくる事はないだろう――と断言する程。

 彼女は英雄になろうとも思わないし、WEB小説であるようなチートで無双するような主人公でもないと。

彼女の真意を探るのは非常に難しい。周囲は何となくだが、彼女の心の闇に触れるべきではないとも考えていた。

やがて、青騎士騒動が大きくなっていくにつれて――彼女の心の闇は表面化していく事になる。

「とにかく、こっちはアーケードリバースのルールに外れたアウトローを狩るだけだ」

 デンドロビウムの表情は、まさに狩りの時間に入ったようなハンターと同じような目つきをしていたのである。

その表情を見た周囲の待機プレイヤーは目を合わせるのを意図的に避けていた。

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