第5話

 次の日。


 宿屋のベッドから抜け出したポッケは、村の踊り子たちに会いに行くことにした。


 ──まずは……居場所が分かってる子達から。


 ここで、いまいちど確認しておこう。ポッケ操る小林はるかが、どうしてデバッグを繰り返してきた【Princes Dragon】を、また最初からプレイしているのか。


 それは、全年齢共通したメインクエストの中で、ゲーム内の踊り子たちが着用する下着のデザインが不謹慎でないかを確かめるため、である。


 端的に換言するなら。


 ゲーム内キャラのおパンツを見に来たのだ!

 (ドドンッ!!!)


 ポッケの可愛らしい唇の間から、間の延びた息が押し出される。


 ──まったく、デザインだかグラフィックだか、どこの担当かは知らないけど、全年齢のメインクエ用キャラにそんな下着履かせないでよね。てか、あたしもあたしで、突発強制クエに引っ掛かるなって感じではあるけど……。


 といって、強制クエに引っ掛かったポッケではあるが、強制力が発生していた場面はもう終わっていて、この連続クエが完了しなければメインに移れないというわけではない。そこからのクエストをやるかどうかはプレイヤーに一任されている。


 であれば、今現在のルートはメイン。

 このメインルート中の踊り子パンツを見ることができれば、小林はるかもといポッケのミッションクリアになる。


 だが、しかし。


 ──いきなり「お姉さんの履いてる下着って、黒メッシュの勝負下着ですよね?」なんて聞けない。キャラに向かってそれを口にしたら、倫理ポイントがマイナスになる……そうなったらゲームキャラといっても警戒される。このゲームはそういうゲーム。


 ポッケは宿屋を出て一番近くのパン屋に向かった。食べたいわけではない。昼間はパン屋で働いている踊り子──スピノレッタに会いに行くためだ。


 ──ま、考えても仕方ない。説明書っていう過去の遺物があった時代じゃないんだ。あたって砕けたら繰り返しゲームを始めれば良い。それがデバッガーなのだし!!


 ふんすっ、と覚悟を決めてパン屋の扉を開く。一軒家造りのその扉を開けば、ドアベルの音が来客を知らせ、焼きたてのパンの芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。


「いらっしゃいませ!」


 すこし威勢の良い声がポッケを出迎える。


 スピノレッタはポッケを認めると「あら」と驚いたように目を開いた。パン売りの看板娘と言って簡単に想像出来る格好は、昨晩のステージの上とは結び付かない純朴さが醸されている。


「あなたは昨日の新人さん、よね。朝ごはん?」

「いえ、えっと……はい」

「変な返事。まあ良いわ。どれでも選んでちょうだい」


 スピノレッタ。二十一歳。身長やや高め。見た目に柔らかい太めの三つ編みが尻尾のように背に垂れる女の子。


 ──ブルガルア地方に残る衣装をモチーフにしているからスカート丈が長い! ワンチャン覗けるのを期待したけど……。


 完全に膝が隠れているわけではないが、膝丈のスカートの奥にある下着を見るにはアタマを突っ込む以外にない。


 ──いや、知ってたし。彼女の衣装が覗けないタイプのやつだって、知ってたし!


 ポッケは空のトレーを手にスピノレッタのお尻に注目する。パンを選んでるフリをしながら。


 そのとき。


 しゃがむと高いが、立ったままでは低い位置の棚にパンを並べるため、スピノレッタが少し屈んだ。


 ──っ! 


 膝の裏。股の内側。水を掛ければ弾き返すだろう白さが露になって、ポッケの視線が惹き付けられる。


 ──もう、少し……! 腰をつき出すように屈むのよスピノレッタ!! 一目、あなたの下着を確認したいだけなの!!!


 けれど、あと少しのところで届かない。全年齢が遊べる場所だけあって、そこら辺のガードは高めに設定されていることは知っている。知っているが……一昔前なら花園と比喩された乙女の秘密の場所を、いまはどうしても確かめなければいけないのだ!


 ──く、くぅ! もうちょっとなのに……っ!


 ポッケはトレーを手に注目する。自分の体がそれに合わせて傾いていることに気付かない。


 頭の隅で『どうしてあたしがこんなことを』と思わなくもないが、担当技術スタッフに確認を取ったところで本当の事を言ってくれるか分からないのだから仕方ない。


 ──遊び心で済まされる事かもしれないけど、万一にも倫理協会が動いたりしたらソニテンの汚点になるし、ユーザーが離れちゃうかもしれないし! だから!


 ポッケは渾身の気合いでスカートを覗く。アトラクターがそれを検知して血走った表現に成っているが、自分では分からない。


 しかし、だからこそ。


「…………ねえ」


 冷たい視線と目が合うまで、ポッケは気付くことが出来なかった。


 奇妙な体勢で固まるポッケ。頬がひきつる。


「えっと、これは……その」

「…………」


 冷たい視線と無言の圧力。

 下心が見抜かれた男性とはこんな心境なのかと、ポッケ操る小林はるかは愛想笑いを浮かべる。


 ──倫理ポイント、下がったかなぁ……。


 そしてその珍妙な一場面は、ポッケが土下座スタイルになるまで続いたのだった。


「すみませんでしたぁあああぁぁぁ!!!」

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