鬼の交代
前衛艦隊 旗艦 アケーリサス
「もっと速度を上げろ!」司令は声を荒上げる。
「これ以上は無理です。今でさえ実用限界速度をオーバーしているんです。」見えるところに敵がいるのに、なかなか追い付けないのは歯がゆい。せめて1門や2門でも砲が艦首にあれば良かったのだが。
「司令、後衛の竜母艦隊からの定期連絡が途絶えました!」
「なんだと!そうか…。ディートハルム司令はなかなか優秀な方だったのにな。」司令は悲しげな表情を浮かべる。
「20分ほど前、内務省の報道官から百枚近くの魔導写真が送られてきて魔信がフリーズしそうになりました。嫌がらせかと思いましたが、もしかすると死ぬ前にせめて写真だけでも送ろうということかもしれませんね。」
「正直、彼らのことを文民だと思って馬鹿にしていたが。」
「凄まじい報道精神ですね。」2人は顔を見合せ苦笑する。
「司令、前方より飛行物体16が接近中です!」 司令は動揺する。目の前の2隻の船が何もしていないことは明白だ。となると…。
「援軍か。間に合わなかったな。全艦ファイヤーボール発射用意!」敵の高速で飛翔する兵器にファイヤーボールが当たらないことは司令自身がよく理解している。だが、万が一の奇跡を信じて号令をかける。
戦列艦からは赤い火の玉が無数に放たれるが大方の予想通り当たる気配すらない。そして16本の光の槍が戦列艦に突き刺さる。
「いかがなさいますか。」
「撤退だ。たったの二隻に100隻近い船を沈められたのだ。敵の数が分からん以上リスクを侵すことは無意味だ。そもそも援軍が出てきた時点で敵の各個撃破という当初の目的は失敗だ。後衛の援軍に行かせた艦にも伝えろ。」
「了解!」
彼らはきびすを返し、サンドール王国へと帰路につく。しかし、彼らは自らの頭上を飛ぶ鉄の鳥に気が付くことは無かった。
日本国 国会議事堂
召喚以来野党の追求をのらりくらりとかわしてきた民事党ではあるが、ここに来て窮地に立たされている。
「総理、もう一度自衛隊の任務からの逃亡についてご説明願えますか?」
「自衛隊は逃亡はしておりません。」
「しかし、実際に護送船団護衛の任務を放棄し逃亡しています。」総理の後ろでは、官僚が徹夜で作ったであろう原稿がこそこそと渡される。その様子は丸見えではあるが。
「弾薬が尽きたので、敵主力を引き付けることに専念しただけです。その結果約150隻ほどの敵艦の誘引に成功しております。」
「誘引に成功しても貨物船が沈んだら意味がないじゃないですか。なぜこのようなことになったか説明していただきたいですね。」
「そうだー」と野次が聞こえる気がするが、一切無視して総理は発言する。
「当該の海域は小島の多い地形であり、敵の補足が遅れたこと。そして、サマワ王国の飛行場にはまだ十分な数の哨戒機がないことがあげられます。」原稿に目を落としながら総理は言う。
「地形はともかく哨戒機の数は政府の怠慢のせいではないですか!」
「自衛隊は本来海外への派遣を想定しておりません。日本周辺の海域だけならともかく、サマワ王国やアミル王国といった輸出先の哨戒を十分できるぼどの数は自衛隊にはありません。」
「総理、自衛隊の貨物船への発砲により15人の死者が出たのです。ことをどうお考えですか。」
「非常に遺憾に思います。」
「自衛隊の取った行動は正しいと思われますか。」野党からは拍手が巻き起こる。
「放っておけば、敵は船内に侵入してもっと大勢の船員を殺したことでしょう。それに比べればましではないかと。」
「ましと仰いましたか。それを遺族の方々に言えるのですか?」
「いえ、それは…」
「総理、お答えください!」
「総理!」八丈島侵攻後、初の民間人の死亡ということもあり野党は勢いづくのだった。
アンゴラス帝国 帝都 キャルツ
皇帝と大臣のみが立ち入ることを許される第一会議室では、その壮麗さに反比例するような重々しい顔が並んでいる。
「結局ミールと司令のディートハルムは戦死ですか。」魔導相アイルが聞く。
「まぁ、英雄は死んでも英雄です。むしろ彼らの、主にミール中佐の悲劇的な最後はプロガバンダに最適でしょう。」内務相リジーが言う。
「ただ、彼女は一発敵に砲を当てただけでしょう。」
「その一発で、敵は敗走したのです。」
「そうとは思えませんけどね。」アイルは鼻で笑いながら嘲るように言う。
「言い方を変えましょう。敗走したことにするのです。戦火に散った美しく、才能溢れる士官。士気の低下に歯止めがかかるでしょう。」アイルは二度と思い出したくないような狂人とそれらの言葉を重ね合わせ、虫酸が走る。
「そんな簡単にいくわけないでしょう?」
「燃え盛る敵船を写した新聞だけでなく、各所の国立劇場では彼女を主人公とした演劇が始まる予定です。意外と簡単ですよ。国民を操作するくらい。酒場に行けば共和国、日本憎しの大合唱。本屋に行けば愛国を説く本ばかり。」
「私が言いたいのはそういうことではありません。いくら士気が高まろうが一勝もできないことでは勝てないと言っているのです。」
「その通りだ。まだ帝国は敵の軍艦を一隻しか沈められておらんのだ。どうやってあの連中に勝つつもりなのだ?」今まで存在感の薄かった皇帝バイルが口を挟む。
「それについては私から説明させていただきます。」軍務相デクスターはそう言うと話を引き取った。
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