アンディーおじさん

アミル王国 石油精製所近くの町


特に名産品も名所もない、しかし長閑で美しい自然に囲まれたラットルタの町。ほぼ毎日代わり映えしない村だが、冬の寒さが少し和らぎ、そろそろ春に移り変わろうとするこの時期、毎年一人の行商人が決まって訪れることが風物詩となっている。雪ウサギを作っている村の子供がその姿に気づく。


「アンディーおじさん。久しぶり。」青い瞳のいたいけな少女が駆け寄ってくる。


「ミーシャかい、大きくなったねぇ。」アンディーは少女の頭を撫でて言う。


「アンディーおじさん、これあげる。」後ろから男の子の声が聞こえる。アンディーが振り向くと、彼の視界は真っ白になった。


「よっしゃー。命中!」


そこにいたのは雪玉を持った3人の悪ガキだ。


「君たちはいつまで経っても大きくならないねぇ。」アンディーは雪を払い落とす。


「そーなんですよ。困っちゃいます。」ミーシャが言う。


「お前の方がチビなくせに威張ってんじゃねぇ!」


「ベーー、ひゃっ!」今度はミーシャに雪玉が命中する。


「やったわね!私に雪を投げたこと、後悔させてあげるわ!」ミーシャは雪玉を作り出す。


「そんなことよりおっさん、今年はどんなもの持ってきたんだ?」


「着いてからのお楽しみだよ。」


「えーー!」


「ちょっと!私を無視すんな!とりゃ!」


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アンディーは子供達に長い間絡まれた後、ようやく村の広場へとたどり着いた。


早速、1人の恰幅のいい女性が近づいて来る。


「アンディーじゃないか。今年は、いつもよりちょっと早かったね。今、ポトフが出来たところなんだ。食べていかないかい。」


「今年は雪が少なかったから、楽に旅ができたんだよ。お陰で早く来れた。ポトフか、旨そうだが仕事をせねばならんようだ。」


噂を聞いた住人がわらわらと集まってくる。


「あら、アンディーさんじゃないですか。寒いなかご苦労様です。」


「やぁ、アンディー。商売が終わったら土産話でも聞かせてくれないか。酒は奢るぞ。」


人混みの中からがたいのいい白髭を生やした老人が歩み出る。「アンディーさん、お久しぶりです。」


「これは町長さん。ご無沙汰です。相変わらずお元気そうで。」


「まだまだ、若い者には負けんよ。」町長は快活に笑う。


「皆さん、商品を並べますので少々お待ちを。」アンディーは木箱から様々な物を取り出す。


服、薬、野菜、海産物といった物だけでなく、宝石、指輪、そしてアンティークドールまである。


この町には宝石など買える住人は存在しないが、何人もの女性が宝石や人形を見つめうっとりしている。手に入らないと分かっていても綺麗な物には引かれてしまう。


「このお人形さんかわいい。欲しい!欲しい!」ただ子供は大人ほど分別は無い。ミーシャが祖父の袖を引っ張る。


「アンディーさん、これはちなみにいくらくらいです?」半分諦めたように町長が聞く。


「これはカンブルタル工房製のものでしてね、180000バールします。」町長は溜め息を吐く。


「ミーシャ、すまない。これは買ってやれん。代わりにこっちの服はどうだ?」村長は幾つものフリルの着いた白い服を指差す。


「嫌!お人形さんがいい!」


「ミーシャ、我儘言ってはいけないよ。」


「服なんていらない!お人形さんがいいんだもん!」ミーシャとうとう泣き出してしまう。


「見ろよ!ミーシャ、泣いてるぜ!あんな人前で、恥ずかしー!」いつの間にか悪ガキ3人組も人の輪に加わっていた。すかさず囃し立てる。


「ウワーン!」恥ずかしさと悲しさからミーシャは走って逃げ出す。


「ミーシャ、待ちなさい!どこ行くんだ!ミーシャ!」町長は慌てて孫を追いかけて行った。


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日はとっくに沈み、空には日本では見られないであろう綺麗な星空が広がる。足元をランタンで照らしながら、アンディーは小振りながらも凝ったデザインの一件の家にたどり着く。孫の好みに合わせたのだろう。ドアノッカーには猫が型どられている。


「これはアンディーさん、昼間は挨拶もそこそこに失礼しました。こんな夜更けにどうなされました?」町長は突然の来客に首をかしげる。


「お孫さんの欲しがっていたこの人形、特別にお譲りしても構いませんよ。」


「本当ですか!こんな高いもの、よろしいんですか?」町長は驚きのあまり耳を疑う。


「ただでとは言いませんが。」アンディーは意味深げに微笑む。


「しかし、私には金も資産もそんなにありませんよ?」


「日本についてはご存知ですよね。」


「噂でなら。アンゴラス帝国を打ち負かしたとかものすごい魔法の力を持つとか。そのお陰か税金が随分安くなったな。」


「その日本に行って一山当てたいと思っているのですが、そのためには王政府の発行する渡航許可証、パスポートとか言うらしいのですがそれが必要みたいなのです。申請に住所と戸籍が必要らしいのですが、私は無戸籍ですし知っての通り旅をしているもので住所はありません。ですから町長さんに必要な書類を手配して欲しいのです。」アミル王国では、戸籍制度はあるものの、税金を取られる事を嫌い届け出を出さない親がかなり多い。そのためアンディーに戸籍が無くても誰も不思議には思わない。


「アンディーさんはもうこの町の住人のようなものですし全然構いませんよ。商売頑張ってくださいね。」


「ありがとうございます。なにかお土産買ってきますね。」


正式な外交締結にあたり、日本よりアミル王国へ渡航者の身分証明書の発行が要請され実施されたが、実際のそれはかなり杜撰な物であった。


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