連合艦隊 下

大陸軍第三艦隊旗艦ローレンス


「全ての竜の反応が消失いたしました。」


「そんな馬鹿な!900だぞ。900騎もの竜騎士を我々は送り出したのだぞ。」艦隊司令エセルバードは震えながら言う。


「魔導探知機の故障ではないのか?」艦長が希望にすがるような声で言う。


「この艦の魔導探知機だけ竜をロストしたならばその可能性もありますが、他の艦でも同様のようです。」通信手がため息混じりに言う。


「まさか、ここまでとは。」エセルバードは頭を抱え狼狽する。しかし、すぐにいつもの表情に戻る。


「全艦に伝達。対空警戒隊列を形成!対空魔導砲へエネルギー注入!」


今までの魔導砲は重く照準に時間がかかり、連射力に乏しいことが問題であった。しかし長年の研究により、威力には劣るが連射可能な魔導砲が開発された。およそ10年前のことである。


「全艦合わせ、のべ400門以上の対空魔導砲です。これを潜り抜けることはたとえ教国ですら不可能でしょう。」副官が誇らしげに言う。


「900騎の竜、それも赤竜を失ったのだ。楽観は禁物だ。むしろ楽観している君の資質を疑わざるを得ないのだが?」


「失礼しました。」


甲板上では部下達が慌ただしく行き来している。


「対空魔導砲、充填完了!」


「対空警戒隊列への布陣完了しました!」


「第二陣より竜を10匹ほど分けてもらえ。」


「了解、伝達します。」


司令はふと船員を見渡す。きびきび動く姿は精鋭そのもの。しかし、その表情に光はない。


一瞬で竜が壊滅したのだ。無理もない。


司令は大きな溜め息をつくのだった。




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「司令!先頭艦より魔信です!謎の光が向かってきているとのこと!」通信手が叫ぶ。


「対空戦闘用意!手空きの魔導師はファイヤーボールの用意を!」司令はそう言うと、自らも杖を空へと向ける。


その刹那彼は「ゴォーーー」という今まで聞いたこともない轟音を響かせながらこちらへ向かってくる奇妙な筒を見た。


「目標視認!」


「対空魔導砲撃て!」各艦より何本もの青い光が空へ向かって放たれる。それを掻い潜ることは見た目には難しそうに見えるが、目視で放たれるそれは筒に当たることはなかった。難なく空を飛ぶ50ほどの筒が戦列艦に突き刺さり爆発を起こす。


「どこを狙っている!」司令が叱咤する。


「敵が早すぎます。追尾不可能!」


「応援に向かっていた赤竜、通信途絶!」司令は燃え盛る友軍艦艇を見ながら呟く。


「なぜ、こうなった。クハハハハハ。決まりきっておるか。」数百年単位での鎖国政策。それが、敵への無理解、研究不足、そして慢心を生んだのだ。自らもヒルメラーゼ共和国の質的優位は数により十分対処可能だと考えていた。


「全く、愚かなことだ。国民向けのプロガパンダを軍も政府も信じ込んでしまうとは。しかし、ここで引くことは出来ぬか。第一敵がそうはさせてくれんだろう。」


「司令?」ぶつぶつ言っている司令を艦長は怪訝そうに見つめる。


「敵との距離を詰める!陣形解除!全艦前進!魔導風出力150%へ!」


「司令、マストが耐えきれません!魔導回路も破断しかねません!」


「ならば、ここでおとなしく沈められるのを待つかね?リスクを取ってでも進まねばならん。」


マストがより一層大きく膨らみ、船は速度を上げる。マストからはミシミシと嫌な音が聞こえ、横揺れも激しくなる。突如、隣で爆発が起こる。筒が突き刺さったわけではないので、おそらく魔導回路の暴走だろう。


艦隊は自らの身を焦がしながら、前へと進んで行く。


連合艦隊 旗艦 いずも


「対艦ミサイル、全弾命中!」通信士が報告を入れるが司令の顔は浮かない。


「これだけの被害を受けて、敵は撤退の兆しなしか。この前のように逃げ出す艦もない。今までの敵とは練度が違うのか…」


「練度…ですかね?私には狂気にしか思えませんが。」艦長が口にする。


「日本も昔は似たような、いや、あれより狂気的なことをやってたじゃないか。」司令は苦笑する。


「それも、そうですね。」


「敵は速度を上げこちらへ向かってきている。敵艦隊が主砲の射程に入る前に戦闘機による機銃掃射も行うが、弾数が限られている。効果は限定的だろう。接近戦になるが、心してかかるように。」


「はっ!」CICに詰める乗組員が一斉に敬礼をした。




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アンゴラス帝国 大陸軍 第三艦隊 ローレンス


「残存艦艇、50%を切りました!」


「戦列艦、ザールラント爆発!魔導回路の爆発かと思われます。」


「敵機、襲来!対空戦闘はじめ!」


遥か彼方より表れた鉄の竜が戦列艦に光の雨を浴びせかける。刹那に戦列艦は炎上し爆発音を轟かせる。こちらの砲は当たる気配すらない。そこで司令、エセルバードはふと空飛ぶ筒による攻撃が止んでいることに気が付く。


「そういえば、光の雨による攻撃は敵が姿を晒していた。筒による遠隔攻撃は完全なロングレンジ攻撃だというのに。」司令は立派な髭を蓄えた顎に手をあて考え込む。


「ならば、魔力切れか。あれほどの威力の攻撃だ。そう沢山は撃てんのだろう。蛮族め、待っていろ!死んでいった部下達の死は、決して無駄死ににはさせん!」




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アンゴラス帝国 第三艦隊第一陣より南60km


第二陣 旗艦 竜母 サマルケミス


戦列艦の一室とは思えないほど過剰に修飾された部屋の中、しかし居並ぶ面々の顔はそれに似合わず憔悴している。


「何なのだ…この被害状況は!」第二陣司令バルツァケイヤーは、矢次にもたらされる現実感のない悪報に唖然とする。


「第一陣の詳細は?」


「半数以上が撃沈されたようです。」


「ありえん!」


「バン」と机を叩く音が部屋に響き渡る。しかし、それで現実が変わるわけでもない。


「こちらはあくまでも輸送艦がメインの上陸部隊です。主戦場から距離をとってはいかがでしょう。最新鋭の高価なゴーレムも載っています。無駄にやられるわけにはいきません。」幕僚が言う。


「何を言っておられるのですか!本隊が危機に瀕しているのですぞ!今すぐ竜を救援に向かわせ、艦隊も全速力で第一陣と合流を果たすべきです!」艦長な言う。


「輸送艦の全速力なんて知れています。」


「ならば、護衛だけ切り離して向かわせるべきだ!」


「輸送艦隊を危険に晒すつもりですか!第一、一艦長である貴方が幕僚に意見する権限などない!」


「落ち着きたまえ。」力なく司令は声を絞り出す。


「竜を出しても先のように一瞬で撃ち落とされるのが運命だろう。我々は現在位置で戦闘終了まで待機する。」


「しかし!」


「言いたいことは分かるが、これは命令だ。」


「くっ!分かりました。」艦長は不満そうに頷く。


「会議中失礼致します。見張りより伝達です!」伝令兵が息を切らしノックも無しに入ってくる。余程の非常事態なのだろう。


「どうした!」


「艦隊に白い線が接近中とのことです。」


「意味がよく分からないな。白い線とは何だ?」


「確認して頂いた方が早いかと。」伝令兵は窓の外を指差す。


確かに海面に何十、もしくは何百の白い線が見える。そして、司令はそれが海中を進む何者かが生む波だということに思い至る。


「全艦に伝達!回避運動をとれ!あれを回避するのだ!」


「了解!伝達します!」船はゆっくり進路を変える。これで当たることはないだろう。


「んっ!」司令は白い線の進行方向が微妙に変わっていることに気付く。


「まさか、追って来ているのか!もしや、あれは魔導生物アサルト・マリーン!」アサルト・マリーンとは北極周辺に生息する魔導生物である。通りかかる船に体当たりを仕掛けるため、船乗り達から恐れられている。


「いえ、魔導反応はありません。魔導生物ではないかと。」観測手がすかさず答える。


「生物でないなら、なぜ追ってくる?」


「分かりません。」


船はは蛇行しながら進行方向を変えるがその都度線はついてくる。


「振り切れ!なんとしても…」


突如、爆音が耳を貫く。窓より、炎上している輸送船が幾つも見える。


「仕方あるまい、総員退艦用意!赤竜を全て上げよ。」


「しかし!」


「我々に勝機はない。このままでは全滅するのみだ。かかれ!」


次々と爆音が響き、その都度船が爆発する。その一つ一つに詰まったゴーレムと兵の命は、全く無駄に消費されていく。


「赤竜、全騎発艦。全騎発艦せよ!」


「全乗組員へ告ぐ、総員退艦、甲板上へ!」


「各自、持ち物は取りに行くな!急いで集合しろ!」


「では、我々も行こうか。」司令は虚ろな目をしながら立ち上がる。


「司令、脱出ボートの用意はできております。こちらへ。」士官の案内通り、高級将校達はボートに乗る。海面にはボートだけでなく、飛び降りてそのまま溺れかけている兵も見られる。


艦をボートで脱出した直後、すぐ後ろより爆音が轟く。見れば先程まで乗っていたサマルケミスが炎上していた。


辺りを見渡せば最早戦える船などなく、炎だけが揺らめいている。


「こんなことがあって良いものか…」司令は大きな溜め息を一つつく。


「生存者の救出作業に入れ。ボートに詰めるだけ詰め込むんだ!」


「了解しました。」




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大陸軍 第三艦隊 旗艦 ローレンス


「馬鹿な…第二陣が全滅だと!第二陣は遥か後方だぞ!」司令、エセルバードは突然の悪報に仰天する。


「僭越ながら、撤退すべきかと。」


「ふざけるな!我々の敗北がどれだけ帝国に、世界に影響を与えるとおもっている!敵の一兵も殺さぬうちに撤退などありえん!せめて一矢報いてからだ。」エセルバードは憤慨する。


「しかし、肝心の上陸部隊は失われました。作戦は失敗です。最早、この戦いに意味はありません。」艦長が言う


エセルバードはしばし沈黙する。


「この戦いで何人死んだ?」エセルバードは誰ともなく問いかける。


「すまんな、仇はとってやれなかった。」燃える海を見て司令は呟く。


「撤退だ!反転180度、戦闘海域を離脱する。」


「はっ!」仲間を失った悲しさからか、自分の無力さへの悔しさからか多くの乗組員が涙していた。




アンゴラス帝国軍はこの日、 戦列艦512隻、竜母79隻、竜936騎そして10万以上の兵を失った。漂流していた第二陣の兵は、撤退中の艦隊に回収された。


この海戦は平和を保ってきた世界を根底から変える物となる。

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