王太子殿下は現実を突き付けられる


呼ばれて行った執務室には、父上と母上がいて、ローゼリアの父である宰相のバレット公爵がその後ろに控えていた。


「アラン。ローゼリア・バレット公爵令嬢との婚約を解消する事になった」


父上の言った言葉の意味が一瞬分からなかった。

宰相が私の前に数枚の紙を並べる。


「サインを」


見ると婚約を解消する為の書類で、すでに流麗な筆跡でローゼリアの名前が書かれていた。


「…っ、待ってください」


私は書類から顔を上げ父上を見た。

何の感情も読み取れない無表情の父上に、事の重大性を思い知らされる。


「ローゼリアに暴力を振るった事は謝罪します。その…学園の女生徒に非道な行いをしていたと言うのは間違いだった事が判明したのです。ローゼリアには何の非もありませんでした。ですから、婚約を解消する必要はありません」


「そんな事は最初から分かっている」


父上は無表情のまま冷たく言い放った。


「この婚約解消は、ローゼリア嬢から…バレット公爵家からの申し出によるものだ。すでに議会の承認も済んでいる」


「ローゼリアが…!」


頭が真っ白になった。

ローゼリアから私に婚約解消を申し出るなんてないと、何故かそう思っていた自分に気付く。


「バレット公爵!暴力を振るった事は謝罪する!それまでの態度も…反省している。ローゼリアと話し合わせて欲しい!きちんと話し合えば婚約解消はありえない!」


ローゼリアを失う。

それは思いがけない恐怖となって私に襲い掛かってきた。


「つい先日、殿下の方から娘との婚約破棄を求められたとお聞きしましたが?」


宰相がローゼリアと同じ紫の瞳を冷たく凍らせて言った。


「誤解していたんだ!ローゼリアがユリアを虐めていると!」


「娘は誤解を解こうと様々手を尽くしたようですが、どれも殿下の信頼を取り戻すには至らなかったと申しておりました」


「そ、それは…」


ローゼリアは責め立てる私達に、いつも自分ではないと言い、証人を連れて来たり、自身の行動を記録した紙を渡して来たりしていた。


私はろくに調査もせず、紙はローゼリアの目の前で破り捨てていたのだ。


「殿下、娘は殿下に暴力を振るわれた事や蔑ろにされた事を婚約解消の理由とはしませんでした」


私は驚いて宰相を見た。


「勿論私が議会にかける時は、それらも大きな理由のひとつとして提示させて頂きました」


王太子による婚約者への暴力。

それだけで十分婚約解消の理由になる。


「ローゼリア…娘は、殿下との間に信頼関係が無くなったと言ったのです。将来王妃として国を支える立場になるものとして、殿下に信頼されていない自分は相応しくないと」


沈黙が落ちる。

返す言葉が咄嗟に出なかった。



私はどうして、いつからローゼリアを疑うようになったのだろう。

何故、彼女の事を信じられなくなっていたのだろう。

いつも物事に真摯に向き合い、優しく受け止める彼女を、心から好ましく思い信頼していたのに…。



「それは…これから話し合えば…」


「貴方の新しい婚約者の選定についてですが」


私の言葉を遮るように母上が話し始めた。


「難航しています。貴方に尽くし研鑽を積んでいたローゼリア嬢に対する態度と暴力は、学園の生徒達に広く知られていますから。アラン、貴方の国内貴族からの評価は大変低い物になっています」


母上の声が私に突き刺さるように響く。


「わたくしの生国の姫君をとも考えましたが、折角ですから、貴方がご執心のユリア・ブレッド男爵令嬢を仮婚約者として、王妃教育を施す事にします」


「え?!」


「平民から貴族となった娘との真実の愛を成就させた王太子と、自ら身を引いた婚約者の公爵令嬢という感動物語にして、今回の件で生まれた王家への不信と不満を少しでも軽くしましょう」


「母上!待ってください!ユリアに王妃教育なんて無理です!」


学園のマナーの授業だってろくに出来ていないのに。


「ローゼリア嬢を蔑ろにして暴力を振るう程、そのご令嬢にご執心なのでしょう?良かったではありませんか」


母上は扇子で口元を隠して目だけで笑う。

絶対良かったと思っていない。


「ユリアは、何も知らなくて何も出来ない子供のような女の子なのです。大切に思っていたのは確かですが、妹のように感じて守っていただけです」


ユリアは元気で健気で可愛いとは思うが、妃にしたいと思った事は一度も無かった。


私の妃になるのは…私の隣りに立つのは…ローゼリアしかいない!


「あら、学園に二年近く通っているのに、何も知らなくて出来ないなんて…教えがいがありそうね」


母上の言葉に、これが決定事項なのだと思い知る。



ローゼリア…!


ローゼリアに会って話し合わなければ…!!!

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