【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む1
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
わたくしは、バレット公爵家の当主であり、我が国の宰相であるお父様に願い出た。
お父様はわたくしと同じ、燃えるような赤い髪をサラリとかき揚げてわたくしを見る。
お父様の目線がわたくしの左頬をチラリと掠めた。
「何故だ?」
お父様が理由を聞いてくる。
大体の話しは伝えられている筈だけど、わたくしの口から話しを聞きたいのだろう。
宰相という仕事のため滅多に邸に帰れず、帰ってもこうして執務室で書類の山を片付けている、いつも忙しいお父様。
そんな中、どうしても話したい事があると言ったわたくしの為に、時間を作ってくださった。
これから話さなくてはならない事柄を思い、お父様に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「王太子殿下には、わたくしの他に心を寄せる女性がいるのです」
「それだけか?」
「王太子殿下やその側近の方々が、その女性を思うあまり、わたくしの悪評を周囲に振り撒いているのです」
「ふむ」
お父様が感情の分からない紫色の瞳をわたくしに向けた。
「ローゼリアは未来の王妃となる人間だ。王城を束ね、国王と国を支えるように教育されてきた筈だろう。そのくらいの事は自分で対処出来るようにならなくてはいけないのではないかな」
「ええ、お父様。わたくしもそう考えて、わたくしの考えうる様々な対処をいたしましたの。ですが事態は好転するどころかむしろ悪くなってしまいました」
わたくしは小さく溜息を吐いた。
「王太子殿下との関係は最悪と言って良いでしょう。このままわたくしが王太子殿下に嫁いでも、子を成すどろこか王太子妃として…王妃としての職務もまともに行えない可能性が高いのです。
何しろ、王太子殿下とその側近の方々とわたくしの間には、信頼というものがまったく無くなってしまったのですから」
お父様の片眉がクッと上がる。
わたくしはお父様を真っ直ぐ見つめて、お父様からの言葉を待つ。
どのくらいそうしていたのか。
不意にお父様が立ち上がり、ベルを鳴らした。
「お茶を」
呼ばれて来た従者にお茶を頼み、執務室にあるソファーに腰掛けた。
「座りなさい、ローゼリア。詳しい話しを聞こう」
お父様はそう言って、痛々しそうにわたくしを見た。
わたくしとアラン王太子殿下は、八歳の時に婚約者として引き合わされた。
国内外の情勢や力関係を考え決定された婚約だった。
初めてお会いした王太子殿下は、金色の髪に碧の瞳をした美しい少年だった。
初めての王城で高貴な方々に囲まれて、不安で堪らなかったわたくしを、庭の散策に連れ出してくださり、優しくこう仰った。
「私はこの国の王太子で、いずれ国を統べる王になる。妻になる君は王妃になる。王妃教育は厳しいものだと聞いているが、どうか頑張って欲しい。そして私と共に、この国を支えてもらいたい」
わたくしは頑張った。
共に国を支えてもらいたいと仰ってくださった王太子殿下の為に。
優しい王太子殿下は、わたくしの初恋だった。
王太子殿下は、王妃教育を頑張るわたくしをいつも励まし慰めてくださった。
「王族や貴族の結婚は、本人の意思とは関係なく決まるものだ。でも私は、互いを良く理解し合い信頼を築く事で、良い関係を作る事が出来ると考えているんだよ。まあ、私はローゼリアの事が好きだから、何の問題もないけどね」
王侯貴族の通う学園に入学する前、はにかみながらそう仰ってくださった。
物事に真摯に取り組み、常に最善を尽くそうと努力するアラン王太子殿下は、婚約者であるわたくしの事もとても大切にしてくださっていた。
学園に入学して暫くして、王太子殿下から相談を持ちかけられた。
同じ学年に、男爵家の庶子と分かり引き取られ学園に通っているものの、平民として育って来たせいで馴染めず困っている女生徒がいるとの事だった。
「環境が急に変われば戸惑いも大きい事でしょう。わたくしも気に掛けておきます」
「ローゼリアは優しいね。よろしく頼むよ」
王太子殿下はそう言うと、わたくしの頬にチュッと音を立てて口付けをした。
頬が熱くなるのを感じて思わず下を向くと、優しく抱きしめられた。
「君のように聡明で優しい人を妃に出来るなんて、私は幸せ者だな」
この時わたくしは、クラクラと目眩がするような幸せを感じていた。
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