第12話 魔王領
図書室で自由に本を選べなかったのは残念だけれど、目的の本を得られたことには感謝をしよう。
――まぁ、私はそもそも人質のようなものなのだから、魔王陛下の判断は至極もっともだしね。
図書館というのはその国の情報の宝庫だ。
そこに、人質同然の人間を自由に立ち入らせるという方が、むしろ施政者としては考えが甘いだろう。
そういう訳で、私は、ちょっと残念に思いこそすれ、必要な本は読むことを許可されたのだから、ありがたいと思うことにした。
そして、私は、その日は与えられた本を離宮でゆっくり読むことにした。
◆
魔王領。
そこは、『亜人』達の住む領地である。
魔王を王にいただく、『亜人』のための国家とも言える。
まず魔王領に住む『亜人』の中で除かれるのは、『エルフ』と呼ばれる、眉目秀麗で尖った耳を持ち、自然と生きる者だ。彼らだけは、何処かに隠れ住み、魔王領とは異なる土地に人知れず住んでいるという。
魔王領に住んでいる亜人は、まずは獣人。
人と同じく二足歩行をする人種であるが、体のどこかに獣の部位を持つ。
まず、もっとも人と近い容姿である場合は、獣の耳と尻尾を持つのみ。そして、より獣化が多い種族になると、頭部や全身が獣(狼など)、と、一括りに獣人といっても様々なのだという。
人よりも、力、腕力といった身体能力に優れる種が多いらしい。
広範囲に言えば、コボルド、リザードマン、ミノタウロス、ドラゴニュートなども含まれ、彼らも魔王領の住人らしい。
そして、ドワーフ。
筋肉質ではあるけれど、背が低く、鍛冶や戦闘に優れた種族である。
そして、ハーフリング。
某有名なファンタジーに出てくる、小さな人たち。
平和を好み、平和な農耕生活を送っているそうだ。
そして、ゴブリンやオーク、オーガ。
ファンタジーでは敵役としてよく出てくる彼らも、ここの住人らしい。
彼らの中で、知性があり、集団生活が可能なものは、魔王領の住人として集落を作り、平和に生活している。
そして、魔族。
人に比べて非常に魔法に秀でた亜人で、その特徴として、ヤギの角を持つ。
彼らは見た目にわかりやすく、角の大きさや本数がその能力に比例するのだという。
確かに、私の離宮の周りで働いている使用人達のツノは小さなものであり、四天王と言われるアスタロトやアドラメレクは立派な二本のツノを持っている。
とすると、やはり魔王領というものは亜人の国と考えるのが適切なようだ。
そして、魔王領の住人として扱われないものがいる。
まずは、アンデッド。スケルトン、ゴースト、リッチ、ヴァンパイア。
彼らは死の世界の住人であり、魔王領の住人とはみなされない。
そして、邪神や悪魔といった存在。
神や天使から堕ちた存在で、邪なる存在とされる。
魔王領の住人でもなく、所在は不明。滅多なことでは現れるようなことはないという。
◆
一冊の本を読み終えて、私は、ふうとため息をついた。
――やっぱり、人間が思っている『魔族』って間違っているみたいだわ。
人間は、考え方を改めるべきね。
そんなとき、ふと、部屋に吊るして干してあるラベンダーが目についた。
私は、そのラベンダーの元へ歩いて行き、腕を伸ばして乾燥具合を確かめた。
「うん、ポプリにするのに十分ね」
図書室への入室許可は得られなかったものの、魔王陛下に許可をとってからであれば、ルリに本を持ってきてもらって読むことは可能にしてくれた。
ルリに尋ねたところ、かの方は、とても多忙な毎日を送っているのだそうだ。
――ラベンダーのポプリをサシェにして贈ったら、お休みされるときくらいは、心安らかに休息できるかしら?
思いついた私は、ルリに頼んで裁縫道具を用意してもらった。
――袋に何も刺繍がないのは寂しいわね。
とは言っても、お会いしたことがないから、陛下の髪や瞳の色も、好みの色も知らない。
うーん、普通に中に入れるラベンダーのお花の刺繍くらいにしておきましょうか。
そう思いつき、小さく簡単な刺繍を施し、布をその刺繍を中心にした小袋に仕上げる。
乾いたラベンダーのポプリを中に入れて、ラベンダー色のリボンでサシェの袋の口を閉じる。
――うん、これでいいわ。
◆
「本を借り受けることの許可をいただいたことのお礼にと。ご多忙な陛下が、お休みになるときくらいは安らげるようにとのユリア様の言伝です」
そう言って、ユリアから使いを頼まれたルリが、執務室のルシファーのもとを訪ね、小箱に入ったサシェを献上していた。
「私に?」
むしろ、私は図書室への入室許可を保留にしているのだが……。
「はい。お心安らぐ香りをお贈りしたいと。お嫌いな香りでなければ、就寝時に、枕元に置いていただきたいそうです」
その日の夜。ルシファーはいつもより早めに寝室に退室していた。
すると、もう、日課となって何日かのユリアのエリアヒールが領内を包み込むのを感じた。一日の疲労がすうっと軽くなるのを感じる。
これが終われば、彼女は就寝すると聞いている。
――私も、彼女の気遣いを汲んで、休むとしようか。
彼女からもらった良い香りのする袋を小箱から取り出し、枕元に置く。
――彼女も、こんな良い香りがする人なのだろうか。
寝付きの悪い彼であったが、今日に限ってはそんな思考も長くは続かず、ルシファーは眠りに落ちていくのであった。
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