第二章 エピローグ② 今はまだ言えない言葉
私が生まれ育ったのはウェントワースから更に北東、アーガス公国の北東の外れにある、ベスバールという小さな町の近くの小さな村だ。
公国の騎士をしていたお父さんが怪我で戻ったお父さんの生まれ故郷。
そんなお父さんが病気で死んだのが私が六歳の時で、それからはお母さんと三歳下の妹との三人で、小さな畑を耕しながら慎ましく暮らしていた。
そして私が十五歳になったばかりの冬の終わり。その日は突然訪れた。
その日は週に一度、ベスバールに収穫した野菜などを売りに行く日で、私は村の仲間数人と、護身用のお父さんの形見の銃を担いで、荷車を押して村を後にした。
そして、夕方村に戻った私が見たのは、火を付けられて跡形もない村と、焼け跡で黒くなって横たわっていたお母さんと妹だった。
私の村一帯を治めていたタルデッリ子爵と隣接するソルダーノ子爵は昔から仲が悪いらしく、最近は公国の求心力が落ちてきているために小さな小競り合いが発生するようになっていた。
今回もそんな小競り合いの一つだったらしく、ソルダーノ子爵の兵が村に押し寄せ、略奪と放火をして去って行った。
最近ではどこの町でもよく耳にするありふれた話。
だけど、自分の大切な家族を殺された人間にとってはそれが世界の全て。
だから私は村を捨て、お父さんの形見の銃を取ってソルダーノ子爵に復讐を誓った。
♢♢♢
「ソルダーノ子爵か......」
私がありふれた復讐の話を終えると、黙って聞いていたレオはそう呟いてニヤリと笑った。
「エリー、これは運命かも知れないね。実は僕もベスバールの近くで生まれてソルダーノ子爵に強い恨みがあるんだ......復讐するほどのね」
元々復讐の為に強くなろうと思ったんだもの。
これが本来の私の道だ。
だから私は間違った選択をしたわけじゃない。
アーベルとの未来を自分で閉ざしておいて、レオの用意した逃げ道に逃げる事を正当化して、さも自分が決断したように言い聞かせる。
私はいつの間にか敷かれたレールに乗せられていて、いつの間にかレオの誘いに頷いていた。
その後宿に帰ってからは、明日がアーベルとの最後のリクエストとなる事や、今までのアーベルとの思い出を回想しては夜が白むまで泣き続けた。
それでも、最後くらいはアーベルと普通に過ごしたい。
そしてもしかしたら......
そんな限りなく低い、他人任せの希望を抱いて短い眠りについた。
翌日、レオと二人で眠い目をこすりながら待ち合わせのギルドに向かうと、既にアーベルは先に来ていて待っていた。
これから起こる結末も知らないで、私は昨日泣きはらした目が腫れていないかなんて、久しぶりにそんな能天気な事を考えていた。
「おはよう、エリー」
「......おはよう」
いつもの様に挨拶をしてきたアーベルに、小さい声だったけど久しぶりに返事を返すことが出来た。
そんな些細な事で、ほんの僅かな可能性が広がった気がして希望を持ってしまう。
そしていつもの様にリクエストに向う。
アーベルが魔物の後ろに回ったあとで発砲を開始するように打ち合わせをした後、アーベルは素早く走り去っていった。
私は、もしかしたら今日がアーベルとの最後のリクエストになるかも知れないと思い、今日だけは以前の様にアーベルのサポートに徹しようと考えていた。
そうすれば、また僅かな可能性が広がるんじゃないかと、そう思って。
だけど現実は残酷だった。
いや、自分の招いた結果の集大成だ。
「エリー、アーベルがいなくても君が戦える所を見せて、アーベルを安心させてあげようよ」
アーベルが走り去ってまだ三十秒もたっていない時、突然レオがそう言って、手に持っていた音響玉をサンドワームがいる場所に投げつけた。
こちらに襲い掛かるサンドワームを咄嗟に撃ち殺す。
遠くで佇むアーベルが私の視界の隅に映っている。
二人だけで戦う私とレオ。
遠くから見ているだけのアーベル。
私はこんな結末が見たかった訳じゃないのに。
♢♢♢
「エリー、お疲れさま」
戻って来たアーベルがいつもの様に声を掛けて来た。
私はこんな状態になっても、それでも返事を返そうとアーベルを見た。
いつものアーベルの笑顔。だけど、私が知っているアーベルとは違う笑顔。
私に向けられた、何の感情もこもっていないアーベルの笑顔を見た瞬間、私は全てが終わった事を理解した。
そのまま私に背を向けて歩き出したアーベルに、声を掛けようと思わず手を伸ばしたけど、私の口から何の言葉も出るはずがない。
(今日の事は私は知らなかったの!だから―――)
だから何?
今までさんざん自分がアーベルにしてきた事を棚に上げて、どの口がそんな事を言えるだろうか。
今日の事は今まで積み上げてきた事の結果の一部に過ぎない。
皮肉な言い方をすれば、努力の結果が形になって実った。ということだろう。
そのまま黙ってギルドに戻った私たちは完了報告を済ませて、広いギルドホールの真ん中で一人佇むアーベルに向かい合った。
もうすぐ全てが終わってしまう。私はただ俯いて最後の時を待った。
それでも僅かな、もう私の目には見えない小さな希望の光に縋って。
「僕は......僕とエリーはこのまま南に下ってから王都に戻ろうと思ってる......彼女の強くなりたい理由を聞いて、僕だったらこれから彼女の力になれると思うんだ」
違う!違うって言え、私!
私は本当はアーベルと、弱い私でも、ただアーベルと一緒に居たいだけだって!
いくら心の中でそう叫んでもアーベルには聞こえない。
これまでのアーベルに対する酷い仕打ちが自分の口を塞いでしまう。
そして結局自分では何も変える事が出来なかった結果が―――審判がアーベルによって下された。
「うん......分かった。レオ、エリーの事よろしく頼むよ」
「!!!!!―――」
そうなる事は分かっていたはずなのに、最後の最後もアーベルの判断に委ねて、自分からは何も出来なかった私は、それでも思ってしまった。
私を一緒に連れて行ってくれないんだ―――
アーベルに捨てられた―――
アーベルに見放された―――
逆恨みもいいところだ。私がアーベルでも、こんな女を連れて行くなんて絶対言わないだろう。
私は咄嗟に顔を上げて久しぶりにアーベルと目を合わせた。
私が見たアーベルの顔は、前より少しだけ大人っぽく、昔のままの気の弱そうな笑顔を浮かべ、紫の宝石のような、昔と同じ優しい瞳で私を見つめていた。
さっきまでとは違う、昔と同じアーベルの笑顔を見た瞬間、止めどなく溢れ出して来た涙が大好きなアーベルの笑顔を歪ませ、アーベルの後ろ姿が涙の向こうに消えていく。
「アーベルっっーーーーー!!」
いつの間にか叫んでいたその声もアーベルには届かずに、静かなギルドホールに反射して消えて行った。
♢♢♢
いつの間にか泣きつかれて眠ってしまっていたのだろうか。
窓から差し込む光に目を覚ました私は、王都でアーベルとお揃いで買った懐中時計を手に取ると、時刻は午前九時を回った所だった。
(もうアーベルはいないんだ......)
アーベルはもうとっくに町を出て、今頃は何処か私の知らない所で最初の休憩を取っている頃かもしれない。
一瞬だけ、今から追いかければ。なんて頭を過ったけど、結局最後の機会にも動けなかった私は、カーテンを開けてグランデの町と地平線まで続く荒涼とした大地を見下ろした。
部屋の窓を開けて、青く広がる空を見上げて深呼吸すると、昨日までの絶望から少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
母と妹を奪われた日から、復讐だけを考えて生きて来た私。
そんな私にアーベルは色々な事を教えてくれた。
アーベルと一緒にいて楽しかった。幸せだった。
大変だったことも、つらい事もいっぱいあったし、切ない思いも、悲しい思いもいっぱいした。
ウェントワースで出会った半年前の事がすごく昔に感じてしまうほど、沢山の思い出と、そして、私に恋というものを初めて教えてくれたアーベル。
だけど私はそんな大切なアーベルに酷い事をいっぱいして、たくさん傷付けたまま一言も謝っていないし、お別れの挨拶さえ言えていなかった。
復讐というレールに乗せられた私がこれから向かう先は何処なのだろう。
今の私には分からない。
それでも、今更だけど、いや、こういう結果になってしまった今だからこそ、一つだけ絶対に心に誓おうと思う事がある。
私のアーベルに対する気持ちは、こんなに簡単には終わらせられないって。
必ずいつかアーベルに再会して、これまでの事を全部話して、謝って、お礼を言いたい。もしアーベルに拒絶されても、それは自分のしたことと、素直に受け止めよう。
だから本当は簡単なことだったんだ。
昨日動けなかった馬鹿な私にもそれが今更やっと分かった気がする。
その時の自分の気持ちを、想いを、ありのままの自分をアーベルに伝えれば良かった。
例えそれが弱い私でも、ズルい私でも、復讐を秘めた汚い私でも、めんどくさい女だって思われても、最初から素直に言えば、自分の心に素直に行動すればよかったんだ。
もしそれでアーベルが受け入れてくれなかったら、きっと私は昨日の様に泣いてしまったかも知れないけど、それでもアーベルを傷つけることも、後悔することも無かったと思う。
そして、もし......もしも叶うなら、エストレーの町でアーベルに告白した時の言葉をもう一度伝えたい。
―――アーベルと一緒にこの先も旅を続けていきたい―――
今はまだ足が動かないし、レオとの約束もある。
だけど、今はまだ言えないその言葉が、私の心に復讐以外の何かを灯し始めた。
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第二章 旅立ち編 完
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