第二章 エピローグ① 復讐の道
「ただ、復讐は諦めたのか、が......気になって。さ」
二か月前のあの日、それまで必要最低限の話しかしてこなかったレオの言葉に、私は凍り付いた。
何でそれを知っているの?
知り合い?どこかで会った事がある?
いや、例え知り合いだったとしても、私はその事を誰にも話した事はなかった。
一晩中考えても答えが分からず、結局あてずっぽうで口にしただけだと自分を納得させたけど、どうしてもその事が頭から離れなかった私は、翌日のリクエスト中、アーベルが走り出した後に自分から初めてレオに口を開いた。
「ねえ、昨日のアレ。どういう事?」
射線の先にゴブリンを捉えたまま私が尋ねると、レオも私に振り向かずに「昨日のあれって?」と、とぼけて来た。
「とぼけないでよ。復讐がどうとか言ってたじゃない」
私が怒りを抑えて静かにそう問い詰めると、レオは今更気が付いたように「あぁ、その事?」と、更に私の怒りに油を注ぐような軽い口ぶりで答えた。
「言った通りだよ。初めて会った時に君が抱えていた復讐の気持ちが小さくなっていくように思えたからだよ」
「は?私が復讐?そもそもあんたは私の何を知ってるっていうのよ!」
あてずっぽうに言って、私を揶揄っているだけに決まっている。
そう思った私は、事実を言い当てられても隠して誤魔化そうとした。
「エリー、君の事は知らないよ。今までどんなことがあって、どうやって生きて来たかなんて僕は知らないし、何に復讐したいかなんて分からない」
ほら、やっぱり適当に言ってみただけなんだ。
「だったら―――」
「僕はこれまで多くの人を見て来た。だから分かったんだよ。君の目を見たとき、その目に復讐の光が宿っている事を」
復讐の光?そんな事分かるはずない。
今まで誰にも、アーベルにも知られていない私の黒い心なんか。
「なっ!そんな事分かる訳―――」
「分かるさ。だって君の目は......僕と同じ目をしていたから、ね」
♢♢♢
「エリー、君は強くなりたいんだろう?」
数日後、また二人だけの時にレオが話しかけて来た。
レオが、私の復讐したい気持ちをアーベルに話していない事に少し安心していた私は、また始まったその問いに警戒する。
「だったら何?」
「いや、何のために強くなりたいのかなって思ってさ」
「何の為って......」
知っていてワザと揶揄っているのだろうか?
こんな軽薄な男じゃ、わざとアーベルに話してしまうかも知れない。
そう思った私にレオは意外なことを口にした。
「ほら、初めに君に見えた復讐の気持ちはどんどん小さくなっているのに、何のために強くなりたいと思っているのかと思って」
そうだ。復讐を忘れた事はない。
だけど、アーベルと一緒に居る時間だけは私を、汚い心を持つ私自身を忘れられるから、だからアーベルと一緒に居たくて。
そんな私の心を見透かしたようにレオは言った。
「エリーはアーベルの事が好きなんだよね?」
「なっ!なんでそんな......かっ、関係ないでしょ!」
「ハハッ!分かってないのはアーベルだけだよ」
「それは......仮にそうだとして一体何の関係があるのよ!」
突然話が明後日の方向に飛んで、狼狽した私をレオは笑った。
「アーベルは強い。経験、実績が無いから今はまだ九級だけど、強さだけで言えば六級......いや、五級のパーティーに入っても十分通用すると思う」
また話が飛んだけど、その内容で私はレオの言いたい事が分かってしまった。
私の心はレオには筒抜けだったんだ。
「エリー、君が弱いとは言わない。九級としてはよくやっていると思う。だけどこの先、復讐するにしても―――」
止めて!その先は、言われなくても自分でも感じている事だもの。
「アーベルの傍に居たいと思うにしても、今のままじゃ君はアーベルの足手まといになる」
そんな事知ってる。自分が一番よく分かっている。
どんどん強くなるアーベル。
そんなアーベルにいつまで付いて行けるか分からない。ただのお荷物、足手まといになってしまうのも分かってる。
レオの言った通り、アーベルは五級くらいの実力があってもおかしいとは思わない。
そしてたぶんこれからもっと強くなるアーベルに、実力もないのに好きだからって理由で纏わりついて、アーベルの足を引っ張って、アーベルの旅の邪魔をして。
そんな私でもアーベルは全然気にしないで受け入れてくれる事も分かってしまう。
だけど......そんな優しさは私には辛いだけだ。
強くなりたい理由。
私はいつの間にかアーベルの傍にずっと居られるように強くなりたいと思っていた。
「じゃあ!どうすればっ」
自分一人で見つけられない答えを、可能性を、簡単な答えをレオは静かに口にした。
「訓練するしかないよ。どこまでアーベルに付いて行けるか分からないけど、君には可能性があると思う」
「訓練......」
そんな事今でも頑張っている。そんな答えじゃ。
「僕だったら君をもっと強くする事が出来る。アーベルに付いて行くにしろ、復讐するにしろ。ね」
そして、その日から私の特訓が始まった。
ただその先に待つのは、アーベルに付いて行く未来か、復讐に再び火を灯す未来かなんて、その時の私には分からなかった。
♢♢♢
その日の夜。
三人で夕食を摂ってから一旦自分の部屋に戻り、バックパックを背負ってアーベルに気づかれない様に宿を抜け出すと、既にレオが外で待っていた。
「ごめんなさい。待たせてしまって」
「いや、僕も今出てきた所だから。でも良いの?別にアーベルに知られたって問題ないんじゃないの?」
確かにやましい事をしようとしている訳ではない。
これから町の郊外まで出て、レオに銃の訓練に付き合ってもらうだけだ。
だけど、夜中にまで訓練をする
それに、他の男と夜中に出歩いている事をアーベルには知られたくなかった。
「いいの。アーベルにはこれからも黙ってて」
こうして私の秘密の特訓が、アーベルの知らない所で始まった。
♢♢♢
「エリー、君はアーベルの動きに遠慮して、一瞬躊躇う癖があるよ」
町に銃声が届かない場所まで歩き、遠くの木に吊り下げられて風に揺れる松明を狙って銃を放つ。
こうした特訓は、町に泊まっている時だけ、夜中まで続けられた。
そして実戦でも私の傍に立つレオは小さな声で指示を出してくる。
「もっと積極的に敵を狙うんだ。自分一人で全ての魔物を倒すくらいの気持ちを持て」
そして、私が上手い具合に魔物を倒すとレオは小さな声で褒めてくれた。
「よし!今のは良かった。その調子で次も行けるよ」
そのたびに自分がまた少しだけ強くなっていくことを実感できたけど、それと反比例してアーベルとの連携が上手く行かない様になっていった。
♢♢♢
とあるリクエストの最中で私はゴブリンを射線に捉えて引き金を引こうとした。
(あっ!危ないっ!)
その瞬間、アーベルが急に横から割って入り倒してしまった。
もし、引き金を引くのがもう少し早ければアーベルを撃ってしまう所だった。
今までの私だったらアーベルの動きだけを見て、それに合わせて邪魔にならない様にほそぼそと戦っていただろう。
でもそれじゃ駄目なんだ。そんなのじゃ強くなれないってレオに言われたから。
そして自信が付くほど、リクエストでのアーベルの動きが邪魔に感じてくる。
私がアーベルと一緒に居たい為にこんなに頑張っているのに、なんでアーベルは私の邪魔をしてくるのだろう。
私の気持ちを分かってくれないアーベルに、私のイライラは募っていった。
今思えばただの八つ当たりだ。アーベルには何も言っていないのだから分かるはずない。だけど、その時はアーベルと一緒に上手く戦えなくなっていくことの不安をアーベルのせいにしていた。
「エリー、お疲れさま」
いつもの様に何の心配もないような笑顔で語りかけてくるアーベルを見て、私の気持ちを知らないアーベルにちょっと意地悪をしてみたくなった私は、アーベルに返事をしないで魔核晶を拾い始めるとアーベルは少し戸惑った顔をしていた。
酷い事をしたと思ったけれど、そんなアーベルを見た私はアーベルに対するイライラが少し軽くなった気がした。
始めはそんな私の気も知らないアーベルを少し困らせてやりたいと、その時だけのちょっとした悪戯のつもりだったけど、翌日、連携が上手く行かなかった責任をまたアーベルのせいにして、同じことをしてしまった。
こうなった私は後戻りできなかった。
今ならまだ間に合うって思っても、挨拶をしてきたアーベルを無視してしまう。
困った顔をしているアーベルを見て少しスッとしてから、自己嫌悪に陥る。
そんな態度をとってしまうのが嫌で、アーベルから離れて行動する事が多くなり、今ならまだ間に合うと自分に言い聞かせているうちに、また同じことを繰り返していた。
私の気持ちを分かってくれないアーベルに事あるごとに突っかかり、レオに止められる毎日。
先に八級になって、ますます強くなっていくアーベルに置いて行かれる気がして、更に特訓して、連携が上手くいかなくてイライラして、無視して、八つ当たりをして。気が付いたらアーベルとは口も利かない、目も合わせない状態になっていた。
自分が強くなる度にアーベルが離れていくジレンマ。
アーベルは悪くない。全部自分のせいだってわかってる。
だけど、私はいつの間にか自分の力ではアーベルの所に戻れない場所まで来ていた。
♢♢♢
グランデという一面の荒野にたたずむ町に入った私たちは、三人での最後となるリクエストを受けると、アーベルとはギルドで別れた。
そして、レオと二人で明日の準備や、最後の特訓について来てもらったりして、私とレオが宿に戻ったのは夕日が西の空に沈む頃になっていた。
今回はとうとうアーベルだけ違う宿で、私とレオは同じ宿になっている。
今更だけど、別の宿にすれば夜の訓練に出る所をアーベルに見られる心配がないと思ったからだ。そしてシャワーを浴びてすっきりした後、話があるとレオに誘われた私は宿の近くの食堂に入った。
大勢の人で賑わう食堂の端の席についた私たちは、運ばれてきた料理を食べながら、明日の三人での最後のリクエストについて少し話をした後、レオは本題を口にした。
「エリーは決めたのかい?」
レオの言いたい事は分かっているけど、今日まで避けて来た話だ。
明日のリクエストが終わればレオは南に向かうし、アーベルはエステリアスに向かう。私だって毎日カウントダウンを聞きながら怯えて悩んでいたけど、もうタイムリミットだった。
「私は......」
それでも私は答えが出せなかった。
ここしばらくアーベルに対して自分がとっていた態度でアーベルとの関係は最悪で、自分からアーベルに話しかけられる状態ではなかったし、私がアーベルに付いて行きたいって言っても多分アーベルに拒絶されてしまう気がしていた。
少し考えればすぐわかる事なのに、何で私はこんなことをしてしまったのだろう。
一体何のために強くなって、何がしたくてここに居るのか。アーベルの傍に居たくて少しでも強くなるように頑張って来たはずなのに......
そんな私の心を見透かしたように、レオは私の目を見つめたまま話を続ける。
「君はどこまでアーベルに付いて行くつもり?北の大陸?それともアーベルの故郷?もし仮にアーベルの故郷に着いたとしたらそれからどうするつもり?また一人で旅を続けるつもりか?それともその村でアーベルと仲良く暮らすのか?」
「仲良く......暮らす」
「復讐を忘れて、アーベルと幸せな日々を送り、時々復讐の事を思い出しては諦めて、ずっと心を痛めて......」
「復讐を忘れて......」
「そう、だけど君は今更アーベルの所に戻れるのかい?もし出来るなら今すぐアーベルの所に行って、今までの事も、復讐の事も全部話して謝った方が良いよ」
出来るならとっくにそうしている。
それが出来ない馬鹿な自分だからこうして追い詰められても答えが出ないのに、それを分かっててレオは言ってるんだ。
そうして私を追い詰めたレオは、私に逃げ道を用意した。
「......だけど、僕だったらもう一つの道、君の復讐に付き合う事ができるよ。一体何に復讐したいんだい?教えてくれるかな?」
復讐の道―――
私は最後に残された道に辿り着きたいと、アーベルに置いて行かれて道に迷いたくないとそんな事を考えてしまい、気が付いたらアーベルにも話していない私の全てをレオに打ち明けていた。
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