[第2話] 立派な大人なんです。

 応接間に着いた私は、ドアをノックし、声掛けをします。そして、入室の許可をいただき部屋に入ります。


 部屋の中には、旦那様、奥様とお嬢様がソファーに座り、執事のロッドさん、さきほどのメイド長のエマさんがその後ろに立ち、護衛騎士三人と魔法使い一人が飛び出せる距離で控えていました。


 『おうふ、警戒されてる』と思いながら、右手を胸につけ、ひざまつき、挨拶の口上を述べます。

 アーマイヤー王国の貴族の作法です。調べましたとも。


「お初にお目にかかります。この度、魔女メイドとして、働かせていただきます。ロホに住まう魔女アルブレターフニストームフルクヘトカの娘、キルケと申します。以後お見知り置きを。」


 魔女の自己紹介には、発祥の地と氏族名の娘と言うしきたりがあります。

 発祥の地とは、魔女の始祖様から生まれた七人がそれぞれ住み着いた場所の事を言います。

 ロホとは、魔女の言葉で湖という意味です。私の氏族は、湖のほとりに住み着いたため、ロホの魔女と言われます。氏族名は苗字だと思ってください。


 先程述べた通り、これが長くて、言いづらいのなんの。舌がもつれます。

 それを噛まずに流暢に言えたのですから、褒めてほしいです。

 普段でも噛むことがある私がこの氏族名を噛まずに言えるなんて、久しぶりです。十数年振りの快挙です。

 喜びを噛み締めているのですが、雇用主様達の反応がありません。


 これまで会ってきた人族の貴族もそうでしたが、お声がけがなければ、顔を上げてはいけないそうです。この国でもそうです。

 魔女には関係ないのですが、郷に入れば郷に従えといいますし、礼儀作法にうるさいであろう種族ですのでそこはきちんと対応します。

 「作法がなっとらん。」 やら、「これだから学のないやつは。」とか言われたことがあるから、次は言わせてたまるかと覚えた訳ではないのですよ。自主的に。そう、自主的に身に付けたのです。特に最後のは、知識の番人である魔女にとっては屈辱です。ほんとにぐちぐちぐちぐちと、うざい。


 身分社会の作法めんどい!


 、、、。

 こんなに過去のことを思い出す時間が取れるのに、まだ反応がありません。


「・・・」


 何も言われず、『どうしましょう。作法間違えたでしょうか。』と、焦っていたら、幼い声が聞こえてきました。


「ちっちゃな、魔女様です。私と同じ位でしょうか?お洋服もかわいい。私も着たいです。」

「マニシュ!落ち着きなさい。すまぬ、魔女殿。楽にして、そちらのソファに掛けてくれ。」


 やっと声がけされた私は立ち上がり、ソファに座ります。さすが侯爵家。ふかふかの高級品です。


「私がラツェッタ当主、イヴァン・ラツェッタだ。そして、妻のラーシャ。娘のマニシュ。もう一人、息子のクロップがいるが、今は王都にいる。」

「妻のラーシャです。きちんと挨拶ができて偉いわ。マニシュのお手本になってくださいね。魔女様。」

「先程は、はしたなく、はしゃいでしまい申し訳ありません。マニシュです。仲良くしてください。」

「いやはや。契約の時、声が若いとは思っていたが、まさか娘くらいだとは。」


 ラツェッタの方々に自己紹介されました。ですが、旦那様。お嬢様くらいとおっしゃいますが、違いますよ。

 お嬢様の10倍以上は歳上です。そして、旦那様と奥様のうん倍も。

 初顔合わせの前に侯爵家の方と使用人の特徴、年齢などはある程度、エマさんに教えていただいております。お嬢様は今年10歳になられたそうです。

 座られているお嬢様と身長の比較は難しいのですけど、私のほうがやや大きいでしょう。成長具合もきっと(願望)。


 そもそも私の容姿やら年齢はエマさんが伝えているはずです。そう思って、エマさんを見ると口に手を当てて笑いを見せないようにしてるような?確実に笑ってやがる。


 エマさんに『話されてないのですか。』と目線を送ります。

 エマさんは、口から手を離して、『何か問題でも?』と言わんばかりに目線が返されます。

 私は、抗議のため、キッと睨みます。全く動じてくれません。


 、、、。

 先に私が逸らします。私の負けです。圧がすごいんです!!

 こんな事してる場合ではありません。今は顔合わせの最中でした。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私のことはキルケとお呼びください。雇われの身でありますし、敬称は不要です。それと100を越えております。れっきとした成人女性です。大人でひゅ。」


 今後の為にも、胸を張り、威厳を持って、きちんと対応しなくてはなりません。なのに噛むなんて!!

 奥様、お嬢様含む数人は暖かい目線をいただきます。大人ぶろうと背伸びする子供にしか見えませんよね。


 一部の男性の方々は、全身をみて、とある部分に目線が止まります。


 絶壁!


 、、、セクハラです。


 この世界の成人年齢は種族毎に違います。

 人族は16で成人を迎えます。成人年齢が早いだけあって、16歳でも前世の16歳とは違い、幼く見えても、しっかりしています。


 魔女族は永遠に近い寿命を持つと言われ、99歳で成人であると定められています。初めて知った時、「キリが悪いな」と思ったものです。

 成人年齢が定められているのです。私はちんまい姿ではありますが、大人です。

 そう、なにを言われようとも大人です。


 お酒だって、飲めるんです。それまでの99年間も飲めませんでした。

 前世では弱いけど、好きだったのに飲めないんです。この気持ちわかりますか。ストレスが取れるあの魔法の飲み物。

 この容姿です。今も売ってもらえないことがあります。解せぬ。

 販売する人は、私の威厳とオーラを見て、対応して欲しいものです。そうすれば、わかるはずです。立派な大人だと。


 話がそれてしまいましたが、今もなお、侯爵家の方達とのお話は続いております。


「それはすまない。不愉快にさせたこと謝罪する。」


 旦那様は、歳相応の態度を取ってくれるようで素直に謝罪をしてくれます。

 好感が持てますね。先程の目線は許せませんが。しかし、私は大人です。


「謝罪を受け入れます」


 お嬢様がソワソワしてるのが見えましたのでそちらに目を向けると私に問いかけてきました。


「魔女様の皆様はお若いお姿なのですか?それにお洋服がとてもかわいらしく、この国では見れないデザインで気になります。」

「魔女は若い容姿の方が多いです。ある程度成長すると老化が緩やかに進んでいきまます。それに魔女族の始祖様がいまだにご健在で4,000年以上生きておられます。かなり、若い姿です。」


 これが、魔女族は永遠に近い寿命を持つと言われる由縁です。老死がいまだにいないんですもの。

 さすがに知られてなかったようで驚かれています。


「マニシュお嬢様にお褒めいただいた私が着ている服ですが、これは民族衣装で残念なことにお譲りすることはできないのです。」


 お嬢様が所望する洋服は民族衣装ゴスロリです。

 この民族衣装は寝る時以外、如何なる場所でも着用が義務付けられています。普段着です。


 着用の義務は、ターメイと呼ばれる魔女の規約に古くから定められています。そして、この民族衣装は、一人の魔女が我々一族全ての服を作っています。多種族に譲ることは禁止されています。

 お嬢様に着させてあげたいのですが、ターメイに載っている以上どうすることもできません。


「そうなのですか、残念です。」


 と悲しそうにおっしゃいます。

 とてもわかります。気になる服着たいですよね。私も最近、心の中でこう叫んだものです。


『この家のメイド服がオーソドックスでかわいいのです!たまには違う服が着たいです!これは呪いです。えー、呪われています。いえ、しきたりです。しょぼりだ。』

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