[第1話] 私は魔女メイド

「キルケ、旦那様がお呼びです。応接間に向かってください。」


 アーマイヤー王国のラツェッタ侯爵家のメイド長であるエマさんにそう告げられたのは、私がメイドとして働き始めてからひと月ほど経った頃です。


 この日初めて雇い主であるラツェッタの方々とお会いします。

 この王国では、秋の収穫後、王都で社交が行われます。夜会、貴族同士の繋がりの確認、商売、取引の話などたくさんすることがあるそうです。

 働き始める時期が悪かったのか、顔合わせが今日まで伸びてしまいました。


「承知しました、すぐに伺います。」


 とエマさんに返答すると、彼女はこの場から立ち去ります。先程まで共に夕食をとっていた同じメイドのルーナさんが、話しかけてきました。


「いよいよ。顔合わせだね。侯爵様をはじめ皆さまは優しいから、そんなに不安そうな顔しないで大丈夫だよ。」

「 そう聞いていますが、先程、王都から戻られて、夕食の直後。急過ぎませんか?」

「それだけ興味深々なんだよ。なにせ、この王国で初じめて、魔女を雇用したんだから。」

「当主様とあなたは、魔女協会で声だけで契約を交わしたのでしょう。すぐに顔合わせをしたいと思うのは当然だと思いますよ。それにルーナの言う通り、百何年も生きた魔女なんて、この国では、御伽話のようなものです。わざわざ高い給与で雇われてるのですからすぐに行きなさい。粗相しないように気をつけなさい。」


 と、刺々しく言うのは私のメイドとしての教育係りをしているジェシーさんです。


「粗相なんてしません。年を言うなら、敬ってください。人生の先輩なんですよ!ジェシーさん。」

「威厳のカケラもない姿。それにこのひと月の行動を思い出しなさい。敬うという言葉がよく出るものです。」


 お二人には、「100年以上生きてます。」とだけ、伝えてますが、私は今年127歳を迎える長命種の魔女族なんです。


 ここでの私のお仕事は、通常のメイド業務。それから、知識、薬の調合、まじない等、魔女の力を雇用主の求めに応じることです。

 ただし、魔女協会で定められている範囲という注釈が入ります。そのため、要望に応じられない場合もあります。心を操るとか、呪い殺すなど、やってはいけないことがありますからね。


 ここ数年のラツェッタ領では、作物の不作、原因不明の流行り病が続いてるそうです。

 この国の賢人も医師も原因が分からず、困り果てていたとか。そこで魔女の出番です。

 

 この世界の魔女は、この世の知識の番人と言われています。

 何を言うこの私もさまざまな問題を解決に導いたスーパー魔女なんです。すごいでしょ!!


 私は契約を魔女協会本部でラツェッタ公爵は魔女協会支部とそれぞれ違う場所で交わしました。

 魔女が主に活動する大陸とアーマイヤー王国は大陸が違うため、本部にある水晶石とこの王国にある魔女協会支部にある水晶石を通しての通信契約です。

 水晶石と言っても、声だけで水晶に姿は写すことができません。

 協会の職員さんが話を聞き、私を紹介され、契約書を書いて依頼主に送る。

 送られた契約書二枚にサインと血判をして一枚返送され、お互いに契約書を持ち、再度水晶石で通信を行う。そして、魔女がまじない言葉を紡げば、契約完了です。

 結構大変です。

 今回、契約に至るまでに1週間近くかかりました。これはばかりはどうしようもないものですが、違う大陸にいることを考えれば、早いほうだと思います。

 契約書の内容に不備や訂正があれば、やりとりが何度も繰り返されます。といっても、魔女の契約はかなりゆるく、雇用主が誰でどのくらいの期間を雇い、どこで仕事をするかを基本契約とし、その範囲で要望を記載するだけです。


 魔女協会支部と言っても部屋に水晶石が一つあるだけ。

 冒険者ギルドや商業ギルド、錬金術ギルドなどの一室を間借りしています。

 どこの支部でも水晶石がポツンと置かれているだけで職員はいません。無人です。

 魔女協会支部なんて、言っていいのかはなはだ疑問です。

 『魔女に依頼ができる専用通信の部屋』に改名すべきです。


 水晶石のおかげで世界各国の首都をはじめ、主要な都市には、だいたい支部があります。

 職員が配置されない本当の理由は配置できるほどの魔女族がいないだけなんですけど。

 本部でさえ、15人と使い魔15匹だけで運営しています。この人数で各国の依頼の受付、整理をしています。

 もっと踏み込んだ本音は、口を揃えて大きな声で協会職員以外の魔女族総出で言わせていただきます。


『協会勤務なんて、めんどくさい!』


 本部で働いている皆様は無理やり働かされている人たちです。足を向けて寝れません。


 話を戻しますが、侯爵領の流行り病は死ぬようなものでなありません。

 ただただ怠い、頭が痛い、吐き気がする、働きたくないといったものが続くそうです。

 最後のは症状と言っていいのでしょうか。

 協会でこのことを聞いた時は、「不作はそのせいでは?」と思いましたが、言えません。きっと大変な病なんです。働きたいのに働けないと言う奇特な社畜さんが多いのでしょう。


 、、、。


 そんな症状のせいなのか、わかりませんが、侯爵邸の使用人は、お暇を頂くか、王都のお屋敷に行かされるかするため、この侯爵領では極端に使用人が減ってしまっているそうです。そのため、メイド業務も要望に含まれました。


 世界初の魔女メイド誕生です。

 侯爵家との契約期間は2年。


 魔女の専門業務とメイド業務です。長年働いてるジェシーさんより給与が3倍になっています。

 羨ましいでしょう。

 専門職の強みです。魔女族に生まれたことに感謝します!


 妬まないでください。


 、、、。

 このひと月の行動は、、、。ジェシーさん、ごめんなさい。


「とっ、とりあえず、行ってきますね。」


 私は逃げるように自分の部屋へ戻り、身支度を整え、応接間へ向かいます。

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