第26話 エピローグ
「と、いうことがありましたの」
「それで? それで? その後はどうなったの? ねぇねぇロネンサ叔母さん」
シルビィが私の膝をゆさゆさと揺らす。先祖の影響か、シルビィは皆控えめな性格であることが多いのだけれど、今回のシルビィは随分とヤンチャよね。
「続きはもう知ってるでしょう」
この話はドラゴグニア建国前の逸話として本になってるから、子供でも知っている者は多い。ましてシルビィは王族だ。知らないなら家庭教師を代える必要がある。
「叔母さんの口から聞きたいの。知ってる? 当事者の話は貴重なんだよ」
「そんなに言うなら教えてあげますわ。……えーと、蜘蛛を寄生された私は女王の言葉に逆らえず秘密を全部しゃべってしまったのですわ」
「王族が魔族と裏で手を組んでたんだよね。で、それをヘレナお姉様が三日で壊滅させたんでしょ」
私の口から聞きたいと言ったくせに先にネタバラシをするシルビィ。昔の私ならうんざりしてたかもしれないけど、この五百年子育てばかりしていれば子供の気まぐれにも流石に慣れる。
「そうですわ。それが大陸を支配する我らが帝国、ドラゴグニア帝国の始まり」
あれから五百年。吸血鬼である私にも決して短くない時間が過ぎ、多くのものが変わった。そんな中、変わらないのは代々引き継がれる『シルビィ』と、そしてーー
「あ、ヘレナお姉様」
部屋に入って来た女王へとシルビィが抱きつく。女王は妹の名前を引き継ぐ遠い遠い親戚を優しく抱き止めた。
「GA?」
「えっとね。ロネンサ叔母さんに昔の話を聞いてたの。ねぇねぇまだロネンサ叔母さんの頭の中には蜘蛛がいるの?」
「そんなのとっくに取れましたわ」
「そうなのお姉様?」
「GA」
「ふーん。あ、なら魔族はどうなったの? 魔族と戦ってたんでしょ」
「魔族は女王との戦いで殆どが滅んでしまいましたわ」
生き残ったわずかな魔族は今、女王の親衛隊としてその力を奮っているが、そのことを知っているのは限られたものだけですわ。
「そうなんだ。……変なこと聞いてごめんなさい」
「何を謝ることがありますの。異種族が争い、そして人間側が勝利した。これはそれだけの話ですわ。それにこの大陸の魔族は殆ど滅びましたけど、別の大陸では未だに魔族と人間が激しく争っているという話を聞きますし、探せばどこかに魔族が勝利した大陸だってあるでしょうね」
私達が住む大陸の外にも別の大陸があることは判明している。遠くて未だに交流は殆どないが時間は常に前へと進んで行くもの。大陸制覇を成して敵なし状態の私達ですけど、外からの敵には今後も注意が必要ですわね。
コン、コン、コン。
「失礼します。女王はこちらにいらっしゃいますか?」
「あ、ママ」
母親が現れてシルビィが嬉しそうに笑う。
「GA」
「いえ、女王をお姉様と呼べるのはシルビィだけですから」
シルビィの名前を継いだ者は子供にその名前を継がせると新たな名を名乗ることになっている。それに合わせて女王への接し方も自然と変わっていく。初めの頃は変な慣習を始めたわね程度にしか思ってなかったけど、何百年もそれが続いていくと、本当に『シルビィ』が生き続けているような気になってくるから凄い。
「GA」
「ありがとうございます。たとえ妹でなくなっても私にとって女王が家族であることに変わりはありません」
先代シルビィの言葉に女王は内面のよくわからない曖昧な笑みを浮かべる。女王はあの頃から容姿が全く変わってない。恐らくは千年後も二千年後もそうなのだろう。その時この国はどうなっているのか、『シルビィ』は? 興味はあるけれど私がそれを見届けることはできないだろう。
「先程六隊第二班から報告が入りまして、不審者を捕らえたのですが、その処遇を女王に決めて頂きたいとのことです」
「? どうして不審者如きのために女王の意見が必要ですの?」
「それがこの不審者、別の大陸からやってきた可能性が非常に高いようなのです」
「わぁ。本当? 凄い。凄いねお姉様」
まだ幼いシルビィは事態の深刻さには気付かず大喜びだけれども、なるほど。これは久々に難しい案件ですわね。
「どうしますか女王。私が対応してもいいですけど」
「GA」
GAと言われても私には分からないのだけれど。
「あのね、私が対応するって言ってるよ」
「ありがとうですわ、シルビィ」
「えへへ」
「それでは謁見の間に通しますね」
元シルビィが部屋を出ていく。私達もその不審者に会うべく謁見の間に移動した。
女王はシルビィを抱っこしたまま玉座に座るけれどそのことを注意する者は一人もいない。『シルビィ』が既にこの国に定着している伝統というのもあるけれど、長い時を生きる最強の女王に小言を言える人間は限られるのだ。
実際今の女王に勝てる存在なんているのかしら?
姿こそ昔と変わってはいないけれど、五百年の歳月をかけて成長を続けてきた女王の実力は凄まじく、念の為他の大陸を仮想敵国として気をつけてはいるものの、ハッキリ言って女王がいる限り負ける気が全然しない。
「女王、不審者を連れて参りました」
そう告げる兵士の後に続いて入ってくる不審者。二人、両方女ですわね。それにしてもこの感じ、これは……。
「GA」
「え? でもお姉様、私も他の大陸の人の話を聞きたい」
「GA」
「……はーい」
シルビィが渋々と言った様子で女王の膝から降りて、謁見の間から出ていく。女王が合図を出せば、親衛隊の半数以上がそんなシルビィの警護についた。
女王のその行動に私は私が感じたものが間違いではなかったのだと確信する。
入ってきた不審者の内の一人、黒い髪に紫の瞳の女。こちらはまだいい。いや、彼女も普通の人間とは思えぬ実力者ではある。それでも五百年以上を生きた私ならどうとでも対処は可能。問題はもう一人の方だ。
銀髪銀眼の人間離れした美貌を持つ女。この女から感じる力はハッキリ言って異常ですわ。
驚異、そんな感覚を思い出すのは一体いつ以来かしら?
嵐の前の静けさ。そんな緊張感がゆっくりと謁見の間に満ちていく中、黒髪の女がおずおずといった様子で口を開いた。
「あ、あの、初めまして女王様。私はドロシー。ドロシー・ドロテアと言います」
最強お姉様の帰還! 王子、貴方には堪忍袋の緒が切れました 名無しの夜 @Nanasi123
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