第3話 卑怯者
罪人。馬車から降りてきたお姉様を一眼見て最初に抱いた感想がそれだ。
白い、頑丈そうではあるけれど貴族の子女が着る物にはとても見えないワンピースは薄汚れ、両手両足に填められた鋼鉄の手錠は一つ一つが人の頭部ほどもある。子供の頃あんなにも美しく輝いていた髪は伸び放題のボサボサで、前髪がカーテンのように顔を覆っていた。
「お、お姉様」
一体どれほど過酷な環境に身を置いていたのか。ヘレナお姉様の過ごした六年を思うと視界が涙で滲んでくる。だからーー
「ふん。まるで獣だな。どうやって生き延びたのか不思議だったが、魔物の情婦にでもなっていたのではないのか?」
その一言は聞き捨てならなかった。
「王子、取り消してください!」
「む? ああ、すまない。こんなのでも一応は君の片割れだったね」
「こんなの? そんな言い方……お姉様は貴方の婚約者でしょう!!」
「婚約者? 冗談だろ? 私の婚約者は君だよ、美しいシルビィ。決してあんな魔物もどきではないのさ」
ぶ、ぶん殴ってしまいたい。でもだめよ。ここで王子を殴ってしまえば色々と厄介な事態になるわ。我慢、今は我慢するのよ。
「どうやら納得してくれたようだね。それにしても……気味が悪いな。おい、念のため鎖で縛っておけ」
「は? い、いえ。ルリアル大公からは余計な刺激は決して与えるなと仰せつかっております」
「何だと? お前、私の命令がーー」
「王子は黙っていてください」
「なっ!? シ、シルビィ? 私を誰だと思ってるんだい」
そんなの知らないわよ! って言ってやりたいけどここは無視よ、無視。
「すみません、そちらの方。何故お父様はお姉様と一緒に戻られなかったのですか?」
「それがヘレナ様を発見された際に大公様は怪我を負われまして。それで今回はヘレナ様のみのご帰宅となりました」
「そんな!? 怪我の具合は?」
「命に別状はないとのことです。しかし当分は安静にしたほうが良いという話で、現在別荘にて療養中です」
「そう。よかったわ」
せっかくお姉様がお戻りになられたのに、入れ替わるようにお父様に何かあるなんて耐えられない。
「ふん。どうせその怪我もこの女が原因なんだろ。おい、ヘレナ。私の名前が言えるか? 何か喋ってみろよ」
「…………」
お姉様は王子の乱暴な物言いにピクリとも反応しない。長い髪に顔が隠されているから、見ただけじゃあ私達の言葉が届いているのかも分からなかった。
「やはり不気味だな。おい、縛れ。今度は口答えするなよ。これは王子としての正式な命令だ」
「そんな!? 王子、あんまりです。お姉様が一体何をしたと言うんですか?」
そもそもお姉様は何で手錠を付けられているの? 例え情緒が不安定で暴れるといった理由があったとしても、あの大きさは明らかに過剰よ。あの手錠を付けた人に抗議してやる。
「怒らないでおくれ、私のシルビィ。これも君を守る為なんだよ」
「触らないで!」
「なっ!? シ、シルビィ? さっきから少しばかり無礼がすぎるんじゃないかな。私が誰か言ってみたまえ」
「王子こそ私達を誰だと思っているんですか? ルリアル大公の娘ですよ」
王族が絶対的な存在と思ったら大間違いよ。魔の森の脅威に脅かされる王国。公爵であるお父様の戦力提供は絶対に失えないはず。それに古今、暴君は臣下の刃に倒れるのが常なんだから。
「どうやら君とはゆっくり話し合う必要があるようだね。だが今は……おい、その魔物女をさっさと縛れ。見られているようで気味悪い。おっと、シルビィ。動かないでおくれよ。何やら威勢の良いことを言っていたが、君だって本気で王家と喧嘩したいとは考えてないだろう? そんなことになったら君は良くてもお父上は困るんじゃないかな?」
「……卑怯者」
「こ、この私が卑怯者? ……ふ、ふん。どうやら君は今、変わり果てた姉を前に一時的に正気を失っているようだね。……おい、貴様ら! 次に同じ命令をさせたら牢獄行きだぞ!! 分かったか!?」
その怒声に、王子の命令に躊躇していた兵士達が渋々と動き出す。
そうして鎖を持った兵士が数人、お姉様を取り囲んだ。
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