第2話 お姉様の帰還

「ミリア、お姉様はまだ帰ってこられないの?」


 メイド長に行うこの質問、自分でも何度目か分からないわ。窓の外を確認するけど馬車はまだ見えない。


「お嬢様、何度も言っておりますが馬車の到着予定は正午過ぎです。今からそれでは身が持ちませんよ」

「分かってるわ。分かってるけど……」


 ヘレナお姉様が帰って来るのよ!? 落ち着いてなんていられないわ。……よし、決めた。今日はもうお姉様が帰って来られるまで窓の側を絶対に離れないわ。そしてお姉様が帰ってきたら誰よりも早く出迎えて、あの時のお姉様に負けないくらい強くお姉様を抱きしめるのよ。


 だから私は待った。ただただ待った。そしてーー


「あれは……馬車!? お姉様! ヘレナお姉様!!」


 屋敷を飛び出す。何度も転びそうになった。スカートがこんなに走りにくかったなんて。子供の頃の私は凄いと思う。いや、今はそんなことどうでも良い。だってお姉様だ。お姉様が帰ってこられたのだ。これでまた昔のようになれる。だから、だからーー


「ハァハァ……お、お姉様」


 息を切らす私の前で馬車が止まった。馬車から降りてきたのはーー


「やぁ、私の婚約者。熱烈な歓迎嬉しく思うよ。そんなに私に会いたかったかね?」

「……ロロド王子」


 王国の第一王子にして元お姉様の婚約者ロロド王子。なし崩し的に現在の婚約者は私だけど、何もお姉様が戻られる時にやって来て私を婚約者と呼ぶことはないと思う。


「なんのご用ですか?」


 応える声がつい刺々しいものになってしまう。


「いや、なに。私の元婚約者が戻ると聞いたので一眼見ておこうと思ってね」

「お姉様を婚約者に戻してくださるのですか?」


 正直ロロド王子のことはあまり好きではない。好色だし、人によって態度が露骨に違うし。権力をよく振りかざすし。でも色んなものを失ったお姉様の事を気遣ってくれての判断なら、王子のことを見直さざるを得ないだろう。


「それは……まだ分からないよ。なにせヘレナはこの十年、魔物だらけの森にいたわけだからね。……ほら、分かるだろ?」

「はぁ?」


 分かるだろうと言われてもまったく分からない。ただお姉様のことを想っての行動でないことだけはヒシヒシと伝わってきた。


 それならせっかくのお姉様との再会を邪魔されたくないので、正直帰ってほしい。けど相手は王子だ。呼んでないとはいえ来られた以上は、もてなさない訳にはいかないだろう。


「それでは王子、どうぞこちらへ……ミリア? どうしたの、そんなに慌てて」

「お嬢様、馬車が来ましたよ」

「え? ど、どこに?」

「あちらです。ほら」


 ミリアの指差す先、正門へと向かって駆ける。すると徐々にこちらに近づいてくる馬車が確かに見えた。けれどあれはーー


「ハァハァ……な、何なの? あの馬車は」


 見るからに分厚い鉄格子が嵌められた重々しい馬車。重量も凄いのだろう、たった一台の馬車を引くのに立派な体躯の馬が十頭以上も使われている。


「これは……まるで魔物の輸送だな」


 わざわざ隣にやって来てそんなことを言うロロド王子。胸がざわつく。六年。その歳月の重さを思い知らされているようだ。一体お姉様の身に何が起こったのだろうか?


 ううん。たとえどんな姿になっていたとしても構わない。


 皆が固唾を呑んで見守る中、馬車は止まり、そして鋼鉄の扉がゆっくりと開かれた。

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