器用貧乏な私、VRゲームを始めて…
ユエ・マル・ガメ
第1話 VRゲームを始めるよっ!
「あー!暇だー!!」
ここは都内でもそこそこ有名な大学の講義室の一つ。
今は今日の講義が全部終わって、明後日の講義までの課題が教授から提示されたところだ。
「いや早紀…この量のレポートだよ?明後日の講義までに終わるかどうかってとこじゃない?」
机に突っ伏して伸びをする私にそう話しかけるのは山本梨沙。高校一年生の頃に仲良くなって、お互い大学一年生になった今でも私の親友。
「だってさぁー…こんなんWordでカタカターってやってプリントして提出すだけじゃんか…」
「だから普通はそれが時間かかるんだってば」
「じゃあ私が梨沙の分もやってあげようか?どうせ私ゃ暇だし梨沙は彼氏とイチャコラする時間最近取れてないんじゃないの?」
「…。…悪魔の囁きやめろぉ!自分で全部終わらせてから彼氏とイチャコラしますぅー!」
「惚気けおって…。全然構ってもらえないから彼氏さん浮気してたりして…」
「早紀は親友である私に不正させたいのかな!?」
「む、心外だなぁ…私はただ、梨沙の力になろうと…うっうっ…」
「芝居乙」
「ひっでえ」
そう言ってスマホを取り出す梨沙。それに倣って私もポケットから取り出すが…
「あ、そうだ。ねえ、早紀ってあれ買った?」
「あれって?」
「ほら、最近流行りのVRゲームの…なんだっけ、IWなんとかってやつ」
「なんでIWまで出てOが出てこない?イデアルワールドオンラインでしょ?」
「そうそう!実は私ね、昨日遂に買ったんだよ!」
「え?あれ、結構高いんじゃ…」
問題は、値段の高さ。VRゲームをするための本体UTOPIA VRとヘッドギアのセットで50万。そして、IWOのゲームソフトが2万円。馬鹿みたいに高い。
「お父さんが仕事に使うためにって言って本体は元々買ってあったから私が出したのは2万円だけ!ふっふっふ…」
「あー、そーいや梨沙のお父さんってコンピューター関係の仕事だったなぁ…いいなぁ」
実際、私も興味があったりする。というか、その本体を買うためにお金を貯めてる最中なのだ。確か、そのための貯金が現在51万円ほど。あと一万円貯めれば、本体とソフトをセットで買うことができる。
…セット?
「お?早紀どうした?」
ちょっとあることを思いついたのでスマホのフリマアプリを開き、『IWO』と検索をかける。
すると…
「ふっふっふ…計算通り…!」
そう、私が目をつけたのは本体と『IWO』のセット販売。未だ人気沸騰中のゲームなので破格の値段というのはさすがになかったが、本体とのセットで51万円でセット販売している人がいた。
『IWOをプレイしようと買ったのはいいのですが、買った直後に会社の都合で海外出張が決まりまして。流石に高い輸送費を払って海外に持っていってまでプレイしようとは思わないのでどなたかにお譲りします』
とのこと。
「うわっ…かわいそうに…」
せっかく買ったのにプレイしようとしたら出張て…私だったら絶対に上司に文句言うか辞表叩きつけるね、うん。
まあ、その彼がどれだけ不幸だろうと私には関係ないからね。ラッキーだと思ってありがたく使わせてもらおう!
ということで詐欺じゃないことを入念にチェックしてからカートボタンをぽちっ。
その後届いたメールによると、2日後には家に届くそうだ。
「お、買ったんだね。じゃあ早紀がプレイ始められる明後日までにできるだけ引き離しておかなきゃなぁ」
「ちょ、やめてくれない?どうせなら一緒に始めようよ…」
「…早紀がこっちの立場だったとしても同じこと言う?家に帰ったら念願のゲームがあるんだよ?」
「でも、レポートの課題のあるし…」
「あ、どうせ暇でしょ?早紀がやって後で私に見せてよ」
「さっきと言ってることが正反対なんだけど!?」
あまりに理不尽な物言いに私がツッコむと、梨沙は「ていうかさ、」と言葉を続けて、
「どうせ早紀より先に始めたところですぐに追いつかれるじゃん?一年ぐらい先に始めないとすぐに追い抜かされて悲しいことになるんだよ」
「明後日届くのにそこから一年待てと!?」
そもそも、この手のゲームはあまりやったことがない。ていうかRPGなんてプレイするのは何年ぶりだろうか。確か小学生の頃、お父さんの仕事の都合でイギリスに行くことになる前には結構やっていたが…
「じゃあ私、先に帰るねっ!」
「あ、ちょ、梨沙!?」
私の制止の声は梨沙の耳には届かず(多分届いてたけど無視されただけ)、梨沙は風のように走り去って行ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2日後。
「うおっしゃああ!!やっときたああ!!」
もちろん届いたのはPCほどの大きさの本体とそれに接続されたヘッドギア、そして『IWO』のソフトだ。
早速開封して電源コードを接続、ソフトをセットしてヘッドギアを被る。
すると、私の目の前に広がったのは『電脳空間』とでも言うべき真っ白な空間。その空間には私の擬似的な肉体はあるが、リアルの方と連動して動いているだけでまだ感覚の遮断はされていない。
すぐに目の前の空間にホログラム的な映像で文字が表示される。
《ユーザーネームを入力してください》
悩むことなく、いつもユーザーネームとして使っている『SAKI』を入力する。
《次に、SAKI様の身体を登録します。身長、体重、年齢、性別の入力後に自動的に身体のスキャンに入りますので『OK』ボタンを押して下さい。
『172cm』『50kg』『19歳』『♀』と正直に入力し、『OK』ボタンをタップ。
《スキャン中…しばらくお待ち下さい》
数秒後、目の前の表示が変化する。
《スキャンが完了しました。次に、IWO内でのアバターを作成します。※ご本人の肉体からかけ離れたアバターは利用できませんので予めご了承下さい》
まあ、簡単に言うと私が男のキャラにしたりムキムキマッチョになったりすることはできないということだ。逆に、男性が女性になりすますなんてことも不可能だったりする。あと、身長を伸ばしたり縮めたりすることも±5cm、5kg以内までとかなり制限されている。
この機能は、性別や見た目をごまかして異性のプレイヤーを騙したり、ゲームを中断したときにゲーム内の感覚とリアルの感覚の違いのせいで不自由がないようにするためだったりするそうな。
まあ、私はそこまで見た目には頓着しないし彼氏を作るためにゲームを利用するわけでもないので身長と体重はそのまま、顔のパーツも全くいじらずに『種族』だけを変更する。
この『種族』、ゲーム内のストーリー進行やステータスの変化などには影響しない、ただ見た目を変化させるためだけの機能。外見の変化の自由が少ないIWOでのそれぞれのプレイヤーの大きなアイデンティティの一つになり得る要素だったりする。
ウンディーネやサラマンダーなどの定番から、ゴブリン、オーガなどの魔物系まで。魔人や竜人などの一部種族は課金コンテンツだったりする。
そういった課金コンテンツなどを含めると全部で百種類以上。
そんな中から私が選んだのは、『狐人』。特に理由はない。ただ、なんとなく目に留まったのだ。
狐人は獣人系種族の一種で、ただ狐耳をつけただけの姿から、尻尾をつけたり口元や目つきまで変化させるなどの調整も可能だったりする。
最終的な私のアバターは、普段の私の姿に可愛い狐耳がぴょこんとついた感じに。少し味気ないので、なんとなく髪色を少し薄くした。綺麗な茶髪になったくらいでアバター設定を終了する。
《利用規約:
・『DIVE』ボタンを押すと、現実世界のあなたの身体はあなた自身の意思では全く動かせなくなります。また、ダイブ中にユーザー様の肉体への刺激の一切も遮断され、一定以上の刺激が感知された場合を除いて脳に届かなくなります。
・ダイブ中に起きた盗難等の犯罪につきましてはUTOPIA社(以後、弊社)は一切の責任を負いかねます。
・
・
・
・以上の規約を全て確認しましたら、下の『OK』ボタンをタップしてください。
うん、長い。従来のゲーム機に比べて色々とセンシティブなのは分かるけどさ、何百項目あるんだってレベルの利用規約だったよ。
当然、内容などさほどチェックすることもなくサーっとスクロールして『OK』ボタンをタップ。
《それでは、IWOの世界へのダイブを開始します。ダイブが可能な体勢が整いましたらもう一度『OK』ボタンをタップしてください。》
そのメッセージを最後に、真っ白な空間が消えて私の部屋の透過映像が映し出された。
私はベッドに寝転がり、視界の中央に表示されている『OK』ボタンをタップする。脳からの信号が遮断されるということは、寝てる状態とほとんど一緒ってこと。立ちっぱなしはもちろん、椅子に座ってゲームを始めても終わったときには体中の関節やらが悲鳴を上げるに違いない。
《信号の遮断をしています…少々お待ち下さい…》
そのメッセージが表示された直後、視界が急に真っ暗になる。
《遮断完了。続いて、IWOへのアクセスを開始します。》
「おお…これが…」
私の視界いっぱいに映っているのはCMなんかでよく見るIWOのオープニングムービー。壮大な音楽と共に、IWOの世界の一部を紹介するような感じのムービーだ。モンスターと戦ったり鍛冶をしたり釣りをしたり…このムービーを観ているだけでプレイしたい欲がガンガン唆られる。しかもいつの間にかヘッドギア自体も見えなくなっていて、本当に自分の目で直接この景色を見ているような感覚だ。
早くプレイしたい!と思っていると、私の耳に無機質な機械音声が届く。
《オープニングムービーをスキップしますか?YES/NOと発声してください》
「YES!」
私が迷う暇もなくそう発声した瞬間…
「うわっ、きゃっ!」
突然視界が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には私は固い石畳の上に立っていた。
すると、再び先程の音声が。
《Welcome to Ideal World Online. このゲームには、チュートリアル等はございません。どうぞ、気の赴くままにプレイしてください!》
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