第55話 閑話(①・南の父親視点)

 俺には妻と、高校一年生の娘がいる。


 地元――と言っても実家からは多少離れているが、同じ県内ではある――に戻ってきて六年だ。

 職場はそれなりに離れた場所にあるが、なんとか自宅から通勤している。


 妻との出会いは高校生の頃だった。

 同じクラスで、席も近く、入学式の後にどちらともなく声を掛けた。


 いや……。俺からだったかもしれない。

 正直一目惚れした。

 

 妻の実家は山の方にあり、学校へはバスで通っている、とのことだった。

 同じ中学からこの高校に進学した同級生はいなかったらしく、『まだ友達がいない』と言っていた。


 周りに誰もいないのをチャンスだと思い、俺は意識して妻の近くにいるようにした。


 妻が『頼りになる人』がタイプだということと、『空手部のマネージャーになる』という情報から、俺も同じ部活に入部した。

 元々線の細いタイプだったが、努力の甲斐もあって、高校三年生になる頃には黒帯も巻くことができた。

 

 これらのアピールが功を奏したのか、俺と妻は恋人同士の関係になっていた。


 大学に進学してからも関係は続き、実家から出た後は、お互い近くのアパートに住んだ。

 別の職場に就職してからも、その関係は変わらなかった。

 これだけ長く続く関係も珍しいと周りから言われたが、俺達にとってそれは当たり前のことだった。


 変化が訪れたのは就職してから三年目のことだ。


 俺も妻も、四年目になるタイミングでの異動が見えている。

 妻の異動先は関東圏限定だったが、俺は所謂全国転勤で、離れてしまう可能性が高かった。


 そこで俺は、思い切ってプロポーズした。

 

 妻は『まだ早いんじゃないか』と驚いていたが、了承してくれた。


 そしてもう一つ、『仕事を辞めて俺に付いて来てほしい』という話をした。

  

 俺の所属している会社は規模も大きく、一度入社してしまえば安泰の企業だった。

 家族四人くらいまでなら、余裕とは言えないが俺一人で養える。


 一方で、妻も以前から希望していた仕事に就いていた。

 結婚について迷うことはなかったが、退職については迷いがあったようだ。

 まだ続けたいという妻の思いは十分に理解していたが、俺はそれでも強く頼み込んで、最終的に妻は退職に合意した。


 妻の両親への挨拶も済ませ、俺達は結婚した。

 貯金をかなり使ってしまったが、それでも妻が喜ぶ結婚式を挙げられたように思う。 


 それからしばらく経って、三月になると妻は退職した。

 異動先が決まる前に申告していたということと、元々三年間での異動が前提だったため、お世話になっていた部署にはあまり迷惑を掛けずに済んだらしい。

 人事担当がどうだったのかは分からないが。


 そして、俺にも初めての転勤の辞令が下る。


 行先は四国だった。

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