第29話 六月一週(⑥)
自習室ではおかしな空気になってしまったが、それをきっかけに勉強に切り替えた。
日置と南の交流は予想外だったものの、その後も三人での会話は大いに盛り上がった。
結局駅までの帰り道も、そのまま三人で帰ることになった。
学校から駅までを南と一緒に帰るのは、今回が初めてだったりする。
自習室を出てからも話が弾み、会話が途切れることはなかった。
「あ~、南さん西中出身なんだっけ」
「そう、遼太郎と一緒」
ここで日置は、『知ってた』『一緒の中学出身なのに全然教室で話さないね』『何でプリント放り投げてたの』などとは言わない。
普段はふざけたことばかり言っているが、実は相手を見ながら話題を選べるようだ。
「結構遠くから大変だね」
「え~、日置君丘中でしょ? 全然西中より遠いじゃん」
「いやいや、バスだし。西中のやつ等より全然移動速いし」
「でも、朝いなくない?」
「電車と違ってたまに止まるんだよな」
「そしたらバス止まりすぎでしょ」
楽しそうに話す日置と南を見ていると、俺まで楽しくなってくる。
なんと言うか、入学前に妄想していた、高校生活がそこにあるようだ。
駅が近付いてきた頃、唐突に日置が言った。
「あ、そうだ。南さん、連絡先教えてよ」
「いいよ~」
!?
なんと、俺が二か月……いや、小学校から数えると五年以上知らなかった南の連絡先。
それを日置は、あっさりと手に入れようとしていた。
南も特に嫌がる様子は見せない。
しかし、なぜ日置が南の連絡先を聞く必要があるのか。
俺にとっては全く問題はないはずなのだが、何だか複雑な気持ちになる。
今日の会話の盛り上がりもあり、二人の交流が俺は嬉しいはずなのだ。
日置と南が連絡先を交換したところで、俺が何か言うような話ではない。
それなのに、なぜかモヤモヤとした気持ちが湧き上がってくる。
俺が悶々と自分の気持ちと格闘していると、日置と南がスマホを取り出した。
あ、やばい。何か俺、辛いかも……。
しかし、日置はスマホを見て「あ、やべ」と言った。
「もうバスの時間だから、ちょっと俺走るわ」
「あ、急がないと」
日置はそう言ったが、バスの時間はまだ少し先のはずだ。
「連絡先、遼太郎から後で聞いておくから。遼太郎、頼むわ。んじゃ、また!」
「うん、分かった」
「あ……。じゃあな」
そのまま日置は走り去った。
取り残される俺と南。
「連絡先……」
「あ、うん……」
俺は南の連絡先を知らないし、南も俺の連絡先を知らない。
それは日置も知っているはずだが……。
あいつ、もしかして……。
「こ、交換しようか」
「そ、そうだな」
「……日置君って、面白い人なんだね」
「そう、そうなんだよな。あいつ話上手いんだよ」
「ほとんど話したことなかったからさ。よく遼太郎と一緒にいるところは見るけど」
「ああ、日置と住田の三人でいることは多いな」
「へぇ~、三人とも楽しそう」
「確かに、住田も話は面白い」
「遼太郎も相当話上手いよ?」
「え……。どう考えても口下手だろ」
俺はそう言ったが、南は「自分じゃ分からないかもね」と言った。
男同士ならともかく、南との帰り道は聞き役になっていることが多い。
「人と話すのってさ。話し方だけじゃなくて、聞き方も大事だと思うんだ」
「うん」
「面白い話を聞くのも楽しいけど、自分の話をしっかり聞いてくれる人と話すのが、一番楽しいと思うな」
「そうなのかな?」
「私はそう思ってるよ」
「なるほど……」
確かに、いくら相手の話が面白くても、聞いてるだけじゃ疲れるだろう。
実際、茂田と話している時の南は楽しそうではなかった。
あれ?
その理屈でいくと……。
少し考えかけた時、慌てたように南が言った。
「あっ、連絡先。忘れないうちに交換しちゃおう」
「あ、はいよ」
入学してから三人目の連絡先交換。
言うまでもなく、先に交換した二人は日置と住田だ。
他のクラスメートは、男子の連絡先すら知らない。
「ほい、っと……。よし」
「あ、きたきた」
「とりあえず、日置には後で教えておくわ」
「あ、うん」
「一応聞いちゃったけど、俺から南に変な連絡はしないと思うから安心してくれ」
「……」
そう言うと、南はスマホを握りしめたまま固まった。
これは……。
どうやら俺は何か言ってはまずいことを言ってしまったらしい。
「……私がするから」
「え?」
「私が連絡するから。それに返すのは変な連絡じゃないでしょ?」
「う、うん」
「……ちゃんと返してね」
そう言うと南は、何やらスマホに打ち込み出した。
すると、俺のスマホから通知音が流れる。
「あ……」
「今じゃなくて、後で」
スマホを確認しようとした俺を置いて、南が先に歩き出す。
慌てて俺は南を追いかけた。
色々とあった一日だったが、まだまだ終わりそうにない。
南になんて返信しようか。
日置に電話でもしてみようか。
今夜は眠れないかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺は家路につくのであった。
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