第22話 五月五週(前編)

 中間試験が終わり、一息付けるのもほんの少しのことで、なんと一か月後にはもう期末試験があるらしい。

 更にその数週間後には、文化祭があるのだが、部活に所属していない俺は『授業がない日』とだけ認識していた。

 当日は近隣の娯楽施設で時間を潰そうと思っている。

 帰宅部の鑑だ。


「そういえば、南は部活入らなかったんだ?」


 南とは未だに一緒に帰っており、しばらくはそれを続けるつもりだ。


『しばらく』というのがいつまでを指すかは分からないが、南が『もう大丈夫』と言い出すまでは送っていこうと思っている。


 あれから輩の姿を駅前で見かけることはない。


 ただ、万が一送るのをやめた後に南が絡まれたりでもしたらと思うと、できる限りは一緒に帰っておきたい。

 小学校からのクラスメートとして、そして人として当然の考えだ。


「そうだね、家から学校までの距離も遠くなるし、勉強も大変になるかな、って」

「じゃあ文化祭も見るだけって感じか?」

「ううん、クラスの出し物があるでしょ?」

「あ~~」


 準備を手伝う気が全くなかった俺だが、そんなものがあったのか。

 中学の時、そういった行事にあまり関わらなかったため、認識していなかった。


「何やるんだろう?」

「そろそろ決めるらしいよ」

「ふ~ん……」

「あっ、もしかしてサボる気でしょ」

「ま、まさか……」


 中学時代の俺を知る南は、やはり鋭い。


「も~、ちゃんと出てよね~」

「も、勿論」


 そう言えば、この数週間で南との関係も大きく改善した。

 南と、と言うよりも、今まで関わった女子の中で一番話をしている気がする。

 学校内で話すことはほぼないが、それでも前のような緊張感はなくなった。


「……私、まだ一人で帰りたくないからさ」

「えっ」


 たまに動揺するようなことを言うため、その時は緊張してしまうが。

 

「あ、ほら、準備で時間かかっちゃったりしたら、今よりも遅くなっちゃうかもしれないしさ。そしたらさすがに、ね」

「そ、そうだな。確かにな」


『親に送迎を頼む』という選択肢があるのでは? と思ったが、口には出さない。

 南が『一人帰りたくない』と言うのならば仕方ない、一緒に帰ることにしよう。


 それにしても、数週間でこれだけ物事が変わるのであれば、期末試験や文化祭に対しても考え方は変わるのだろうか。

 いや、実際中学時代から考えれば、この二か月間で中間試験への考え方も変わっていた。

 自分の考え方がどう変わるのか、俺は想像できなかったが、どうせなら良い方向に変わってほしい、と思った。


――


「おい、どうだったんだ」


 採点された数学の試験結果が返却されて、俺より先に結果を受け取った日置に尋ねる。

 いつもニヤけた顔をしている日置だが、この数日間は真顔だ。

 そっと紙が俺の方に向けられる。

 

『26点』


 見たこともないような低い点数を叩き出していた。

 

「あ、赤点じゃん……」 

「……」


 日置は無言で、俺に試験結果の回収をしてくるよう顎で促した。

 俺は自分のことを棚に上げ、笑いをこらえながら自分の試験結果を取りに行った。

 に、26点って……。学年トップとか言ってたじゃねぇかよ……。ぷっ……。


 そんな愉快な気持ちを感じつつ、先生から試験結果を受け取る。


『29点』

「…………」


「今回の赤点は30点。よって、30点以下の者は追試を受けるように」 


 俺は日置の方を見ず、無言で自分の結果を差し出した。

 それを見た日置が「ぷはっ」と吹き出す声が聞こえた気がした。


――


「遼太郎~、あと1点だぜ~」


 授業が終わり、待ちきれなかったとばかりに日置が口を開く。


「あと1点で追試じゃなかったのに~」

「うるせぇ、1点じゃなくて2点だ」

「どっちにしろあと一問だろ、残念だな~」

「お前の方が低かったじゃねぇか、何が学年トップだ」


 俺より点数が低かった分際で、嬉しそうにする日置。


「とは言え、もう一人くらい仲間を探して安心したいところだな」


 俺が言うと、日置が立ち上がる。


「そうだな、俺達に近付いてこないやつの所に向かおう」


 二人で少し離れた住田の席まで向かう。

 お、こそこそと試験結果を見返してやがるぜ。


「す~み~た~く~ん」

「な、なんだよ」


 俺達が来たことにより、試験結果を隠そうとする住田。

 俺達は隠し事なんてない関係のはずだ。


「……見せろ」

「よ、よせ。やめろ」


 抵抗する住田の手を退け、点数を確認する。


「トモダチトモダチ」

「三人で赤点取ろう……ぜ……?」


『81点』


「……」

「……」

「……」


 ……俺も中学時代は、平気でこれくらいの点数を取っていた。

 この高校に進学できたということは、日置も一応見慣れた水準の点数だろう。


「……いや、俺、家で勉強してたし」

「……」

「……」

「お、お前等はどうだったんだよ?」

「26点」

「29点」

「お、おう……」


 二人合わせても住田に及ばなかった。

 友の裏切りに、大きなショックを受けた 


「お前、住田じゃなくてユダだ……」

「ブルータスじゃなくてユダだ……」

「え、え、どういう意味? 裏切者? ブルータスは仲間ってこと?」

「『俺はこの世で最も強く美しい』って言ってろよ……」

「え、意味分からん」


 あれだ、拳法の漫画のキャラクターの台詞だ。……古いな、日置。


「同じ高校に来てるんだから、まだ学力にそんな差はない」と最初は言っていた住田だったが、次の始業のチャイムが鳴って俺達が戻る頃、「まぁ、キミタチとは頭の出来が違うんだろうな」とほざいた。

 

 俺はこの悔しさを忘れず、次回の期末試験は絶対勉強しよう、と誓った。

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