第13話 五月一週(後編)

 どうも、何となく流れでクラスの女子とUFOキャッチャーをやっている山岸です。

 正確には日置と女子がやっているUFOキャッチャーを、突っ立って見ています。

 現場からは以上です。


 あの後、俺達の前に姿を現した南に、日置は気さくに話しかけていた。


「あ、南さんじゃん」


 お前、この前『せいらちゃん』って呼んでただろう!

 俺の前だけかっ!

 本人の前だと常識人かっ!!


「あ……日置君?」


 俺俺俺、俺もいますよ。

 さっき、目合いましたよね。


 否が応でも自覚する、俺のクラスでのポジション。

 カースト制度は、この日本の片田舎にも存在するのだ。

 

「せいら~、日置君が取ってくれるんだって」

「しょうがねーな、どれ?」

「素敵~~」


 さっきまで友達だと思っていた日置が、物理的には近くで、気持ち的にはとても遠くで女子と話している。

 俺は嫉妬した。

 そんな日置に、『UFOキャッチャー失敗しろ』の魔法をかける。


「わ、日置君下手じゃん」

「うるせー」

「もっかい! もっかいやって」

「まだやらせんのかよ」


 魔法は無事かかった。

 しかし、それすらも交流の糧とする日置。

 イケメン、だったのか……。

 正直、俺の方がちょっと顔が良いと思っていたのに……。


「……ねぇ」


 顔じゃなくて中身か?

 いや、俺は中身も優しい、思いやり溢れる男だ。

 そう、この前も正体を隠して南を助けたし……。


「ねぇってば」

「ぬお!?」


 気付くと南が接近しており、俺に話しかけていた。

 急に反応した拍子に、手が南に当たってしまった。


「いたっ」

「あ、ゴメン! マジで、わざとじゃないけどゴメン!!」


 必要以上に謝り倒す俺。

 相手が南ということもあり、必死だ。


「周り良く見てよ~」

「いや、ホントゴメン」

「別に大丈夫だけどさ」

「……痛くないか?」

「驚いて『いたっ』って言っちゃったけど、別に何ともないよ」

「そうか……ゴメン」

「そんなに謝らなくていいよ」


 そう言うと、何と、南は笑った。


 俺に向かって笑顔を向けたのだ。


「……!!」

「どうしたの?」


 南が美人なのは知っていた。

 そして、南が笑っているのを久しぶりに見た。

 ただ、笑うとこんなに可愛くなっていたことを、俺は知らなかった。


 落ち着け、俺は南に相当嫌われているはずだ。

 南が美人だろうが、可愛かろうが、何の関係もない。

 

「い、いや」

「……何か話すの久しぶりだね」

「お、おう」

「……」


 沈黙が場を支配すると、俺は心から逃げ出したくなった。

 すり足で少しずつ距離を取ろうとする。

 さりげなく、さりげなく……。


「……あのさ」


 しかし、南の声掛けによってそれは阻止される。

 近づく南からは、何のものかは分からないが、とても良い匂いがした。


「……この前はありがとう」

「……何の話だ」

「……何となく言いたかっただけ」

「……そうか」


 俺はとぼけて見せたが、初めからそうされることが分かっていたかのように、南は話を終わらせた。

 

――


 クラスの女子達とは、その後も一緒に遊んだ。

 ……なんてことはなく、UFOキャッチャーが終わるとその場で別れた。

 俺と日置も何かやりつくした気分になり、娯楽施設を後にした。


「さて」

「ん?」

「遼太郎、せいらちゃんと普通に話してたな」

「お前さっき『南さん』って呼んでたじゃん……」

「そんなことはどうでもいい」

「あ、はい」

「お前さ、せいらちゃんと昔何があったんだ?」

「……」

「話せよ」 

 

 日置の言葉に、俺は中学時代のことを思い出していた。

 他人に話すようなことではないと思う一方で、『この男には話しても大丈夫』とも感じている。

 一瞬、先程の裏切りが頭をよぎったが、俺は日置に昔話をすることにした。


「……本当に簡単に話すと」

「ああ」

「俺と南は、家はそこそこ近いんだけど、幼馴染って訳ではなくて。南が小学校の頃にこっちに引っ越してきて」

「うん」

「それで、小学校でもクラス替えがあって、ずっと同じクラス」

「ずっと?」

「そう。それで、中学でも一回だけクラス替えがあって、そこでも同じクラスになったんだ」

「続くな~」

「四回かな? そこで、クラスのヤンキー? 何かやんちゃっぽい女子が南をからかったと言うか……。『ずっと同じクラスだなんて、山岸が運命の人なんじゃないか』みたいな。俺も運動があんなんだし、どちらかと言えば周りからナメられてる方だったんだろうな」


 確か、中学二年生か三年生の頃の話だ。

 成績は良い方だったが、体育の授業で活躍していなかった俺は、どんくさいやつだと周りから思われていたように思う。 


「で、南も当然『遼太郎になんか興味ない』って否定するわけなんだけど、問題はその現場に俺が居合わせたってことで」

「うわ~、マジか」

「とりあえずその場ですげーキレて、南もそのヤンキー女子も泣かせた」

「最低だね」

「……俺のことじゃないよな?」

「想像に任せるわ」

「おい」


 非常にデリケートな年頃で、あの頃は自分に対しても他人に対しても余裕がなかった。

 キレる十代というやつだろうか。

 勿論、女子に暴力は振るっていない。


「まぁいいわ。そこで終われば良かったんだけど、そのヤンキー女子の彼氏が出てきて」

「出てきて?」

「いきなり殴られた」

「うわぁ……」

「から、とりあえずボコボコにした」

「……普通はそうならないよな」

「やられたらやりかえす、ハンムラビ法典だ」

「そういうのいいから。続けて」


 父親の影響で、俺は幼い頃から格闘技を習っていた。

 今でも続けているが、筋トレについても学んで、実践していた。

 体育の授業、主に球技にそれが活かされることはなかったが。


「……。ボコボコつってもちょっと甘かったんだよな、次の日になって彼氏の仲間みたいなやつらも何人か出てきて」

「出てきて?」

「全員ボコボコにした」

「もう驚かないぜ」


 自分から暴力を振るうことは決してしなかったが、先に手を出された場合は躊躇せずに殴れるのだ。


「それで終われば良かったんだけど、何故か南にも矛先が向いちゃって。変な嫌がらせみたいなのが南にいったんだよな」

「……それでも、せいらちゃんと遼太郎がそんなに仲悪くなるか?」

「ああ、その嫌がらせの冤罪を、彼氏の仲間みたいなのが俺になすりつけた」


 彼氏の仲間というか、彼氏の仲間の彼女というか……。

 分かりづらくなるので、日置には細かく説明はしない。


「それで南と言い合いになってな。俺は犯人でもなんでもないけど、向こうは俺を犯人だと思っていて、結構ひどいこと言われて。ああ、こいつマジでやだ、と」


 南の友達の女子達にも色々言われた。

 正直その辺りで女子と関わるのが苦手になった気がする。


 嫌なことは忘れてしまうと言うが、今思い出した。

 あれが南との中学時代の最後の会話だ。


「誤解は解けなかったのか?」

「さぁ~、良く分からん。売り言葉に買い言葉で、俺も南に色々言っちゃったしな。今考えれば、南も嫌がらせでストレスとか感じてて、余裕がなかったのかもな」


 さっき久しぶりに話した南の性格と、俺の頭の中でイメージしていた南の性格は、どうにも一致しなかった。


「その後、彼氏の仲間連中を徹底的に懲らしめて、あんまり同級生と関わらなくなった。輩は復讐とか考えるから、徹底的にやらないとダメだって、そこで学んだ」

「なるほどな……」


 被暴力、不服従ならば、被被被暴力で服従という理屈だ。

 ガンジーが聞いたら泣いちまうぜ。


「あ、他のクラスには友達もいたぜ? ただ、敢えてその話題に触れることもなかったしな」


 親友と呼べる連中は、進学先が違っても未だに付き合いがある。

 他の同級生は、連絡先も知らないし、関りもない。


「地元で進学して同級生達と顔を合わせるのも面倒だったから、距離が離れた今の高校を選んで。偏差値で考えても勉強してないやつの成績じゃ合格できないレベルだったしな」

「それが今じゃこんな……」

「うるせー、お前が言うな」

「俺、中学で学年トップだったぜ?」

「説得力が無ぇ」


 少しずつ話題が変わっていく。

 別に悩みを抱えていたつもりはなかったが、日置に話したことで何かスッキリとした感覚があった。


「まぁ、しがらみから解き放たれたら楽になるかな、と思ったんだよな」

「なるほどな」

「いざ入学してみたら、また南がいた訳なんだが」

「……でもまぁ」


 日置がニヤリと笑いながら俺に言う。

 その顔を見て、『やっぱり俺の方がカッコいいよな』と思う。

 口には出さない。


「さっきのせいらちゃんの様子だと、別にお前のこと嫌ってるようには見えなかったけどな。一度、ちゃんと話してみたらどうだ?」


 正直、俺もそう感じていた。

 

 今までは、南が俺を嫌っていると思って、極端に南を避けていた。


 南が俺を嫌っていないのならば、俺はどうするべきなんだろうか。


 これからどうなるのか、想像もできなかったが、日置の言葉に俺は小さく頷いた。

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