第6話 四月四週

 顔を見られただけで、クラスメートに走り去られた男がいる。


 俺だ。


 心のどこかでは『嫌われてるだろうけど、まぁ、正直そこまでじゃないだろう』と思っていた自分をぶん殴りたい。

 俺の隣のいた日置のせいだという可能性も無きにしも非ずだが、その考えはやはり現実逃避だろう。

 あの日から日置が俺に対して優しいので、若干腹が立つ。


「せいらちゃんって、もしかして性格良くない?」


 南が走り去った帰り道、そんな風に日置が聞いてきた。

 自分達の姿を見て逃げ出す人間がいたら、そう思ってしまうのも仕方ないだろう。


 ――お前は、走り出す、何かに、追われるよう――。 


「……電車の時間がギリギリだったから、急いだだけじゃないか」

「……お前がそう思いたいなら、そういうことにしておくか」


 そんな訳ないだろう、と思いながらも、口には出さなかった。

 なるべく他人の悪口は言わない、それが俺の主義でもある。

 

 ちなみに俺は電車に乗り遅れたため、強引に日置を引き留めて語り合った。

 何一つ中身はないので内容は割愛するが、日置とは友人と呼べるくらいには親しくなった。と思う。多分。


 そして、そんな状況の中で、もう一つ変化があった。

 

 あの日以来、帰り道で南に遭遇することが増えたのだ。

 俺が前方に南を発見した場合、その瞬間に歩くスピードを落とすことで事なきを得ている。

 おかげで電車に乗り遅れることが増えたため、駅前でバスを待っている日置を捕まえては、時間を潰している。

 

 一方で、俺が駅に着いた後、南が後からやってくる場合もある。

 同じ車両に乗らないように神に祈りつつ電車を待ち、万が一同じ車両に乗ってきてしまった場合、『俺は石だ、俺は石だ、俺は……』と心の中で唱えて存在感を消している。

 降車の際は、極力ゆっくりと歩いて南と距離を取るか、物凄く素早く動いて先に立ち去るか、だ。


 君子危うきに近寄らず。


 もうすぐ部活も始まるタイミングだ。

 きっと南はチャラチャラした部活(偏見)にでも入部して、帰りの時間も変わることだろう。

 俺は勿論、帰ることに精一杯なので、それを極める部活に入部したい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る