第3話 四月二週

 今日も朝から気分が重い。 

 原因は、俺の前の席に座る存在だ。

 その名は『南 せいら』と言う。

 さらさらした黒髪が目を惹く、目鼻立ちもハッキリとした女子。

 世間一般では美人と呼ばれるだろう。


 何が悪いのかと問われると、非常にデリケートな話だが、俺との仲が悪い。

 それはつまり俺のことが嫌いということで、俺は自分を嫌いなやつを良いと言えるほどいいやつではない。

 最後に口を聞いたのがいつかは思い出せないが、今後も口を聞くことはないだろう。


 あっ、プリントを俺の机に雑に放りやがった。

 せめてこっち向いて渡せよ。

 ……いや、顔を見たくないからその渡し方でいい。

 多分俺も南の前の席にいたら同じ行動をするだろう。


 そんなことを考えていると、隣から視線を感じた。

 首を捻ると、一連の流れを眺めていたであろう男と目が合った。

 その男は半笑いで肩をすくめたので、俺は何となく真顔で頷いた。

 

「おつかれ」


 輝かしい高校生活のスタートに似合わない言葉を彼は言った。

 名前が思い出せない、確か珍しい苗字だったのは覚えているんだが……。


「えっと……」

「ああ、俺、日置って言うんだ」

「へき?」

「そう」


 そう言うと日置は満足気に頷き、また半笑いになる。

 いや、元々そういう顔なのか。


「大分仲良いじゃん」


 日置は小さくそう言うと、満面の笑みで南の方を向き、チラチラとこちらを見る。

 おい馬鹿、南に聞こえる。気付かれる。


「……ああ」

「同じ中学?」


 俺は無言で頷くと、日置は「なるほどな」と呟いた。


「どこ中なの?」

「西中」

「そりゃ遠いところから来てるな」

「まぁ家から一時間くらいだな。そっちは」

「丘中」

「俺より遠いじゃねーか」


 丘中は山奥にある中学校で、生徒数も全学年合わせて百人いないくらいだった気がする。


「家から三十分で通えるし」

「いや、俺の家よりずっと離れてるだろ」

「バス通学だから」


 ドヤ顔で答える日置。

 謎にマウントを取られた。

 もう既に山の上に住んでいるのに、それだけでは不満なのか。


「そうなんだ、凄いね」


 何が凄いのかちっとも思い付かなかったが、とりあえず俺はそう答えた。

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