ラッキーデー、ハッピーデー

朝倉亜空

第1話

「はいどうも、お客さん、お待たせ致しました」人懐っこそうなおじさん店長が、それをきれいな包装紙で丁寧に包んでくれて、言った。「最後の一つのアイビィ。いや、最後の一匹か。ま、どっちにしろ、お客さん、運が良かったですよ、買えたんだから」

「ラスいち、買わせて頂き、ラッキーです!」少しおふざけ口調で、僕は答えた。

 アイビィというのは、今、入荷即完売の大ブームを起こしているAI電子ペットだ。白い毛むくじゃらの、猿と犬を混ぜたようなそいつは、特に若い女性と子供に大人気なのだ。

 それを何とか手に入れようと、僕は自転車で五件、六件とおもちゃ屋さんを駆け巡り、気が付けば隣町のはずれのお店まで来ており、でも、その甲斐あって、遂に手に入れたのだった。

 僕はそのアイビィを手に、意気揚々とガレージに戻った。アイビィを荷台にくくり付け、さあ走ろうとしたときに、後輪タイヤがぷしゅうー、と気の抜けたような音を立て、パンクしてしまった。あーあ、どうする。家まで遠いぞ⁉

 思案していても仕方がない。押していくか、と観念した時、「ありゃー、パンクとは大変だ」と、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、なかなかにダンディーなスーツ姿のナイスミドルガイが立っていた。「君、どこまで帰るの?」

 僕は自宅のある町名を答えた。都会の中の小さな町だ。

「そりゃ、無理だよ。遠すぎる。自転車はここに置いとかせてもらって、私の車に乗って帰るといい。運が良いことに、私もその町に住んでいるんだ。だから、遠慮はいらないよ」

 その好紳士の親切な提案に、僕は甘えることにした。確かに今日は運がいい。「どうも助かります。有難うございます」

 車が走り出すと、その人は気さくに話しかけてきた。

「実は私もね、アイビィを買いにここまで来たんだよ。うちの娘も欲しがってね。でも、一歩違いで君に買われちゃったね。ハハハ」

「あー、どうもスイマセン」

「いや、なにも謝ることはないよ」

「車に乗せたんだから、譲ってくれ、ということでは……、ない、ですよ、ね」

「ないない! これは余計なことを言っちゃったかな。そんなことは問題じゃない。ま、問題、と言えば、今、私は別の問題を抱えていてね……」

「なんですか。聞いてもいいですか」僕はこの人が話したがっているように思えたので、そう切り出した。

「そうかい。聞いてくれるかい?」

「ええ。僕で良ければ」

「すまないね。……私はね、サニー電機で長年、人事部に所属しているんだが」

「サニー電機! うらやましい!」

「ふふ、ありがとう。だから、人を見る目には結構、自信があってね。君に話しかけたのも、一目見て、君がまったく善良で、決して他人に危害を加えるような人物じゃないと解ってのことだったんだよ」

「い、いやぁ、なんだか照れるなぁ」僕は恐縮した。

「ところが今度、娘が彼氏を連れてくると言い出したんだ。結婚を考えているようなんだが、そうなると、どうも冷静にいられそうもない、人を見抜く嗅覚が鈍りそうでね……。恋人の親の前では、誰でも義人マスクを被るもんじゃないか。実際に知り合いの家でも、人当たりのいい娘婿が、実は、暴力夫で、親が心配するからと、その娘は内緒にしてたんだが、最後はついに離婚、となってしまってね。お前の彼氏は大丈夫か、なんて言ったら、娘を怒らせてしまい、ギクシャクしだしてね。それで、来週の娘の誕生日にアイビィを渡して、仲直りのきっかけにしようと思っていたんだよ」

「うーん、……大丈夫、だと思いますよ」僕は言った。「娘さんを信じてあげて、きっと大丈夫ですよ」

「だといいんだが。つい、邪推しちゃって」

 そろそろ車も僕の家のそばまで来たので、ここで停車してもらった。

 さらに僕は言った。「このアイビィは、僕が付き合っている彼女が欲しいというので買ってあげたんですけど、差し上げますので、娘さんと仲直りをしてください」僕はアイビィを男性に手渡そうとした。

「え⁉ いや、それはできない。よくないよ」

「いえ、いいんです。実は、アイビィを欲しがる僕の彼女は、僕と結婚の約束をしていて、僕と同じ小さな町に住み、来週、誕生日を迎え、自分の父親がサニー電機社員だと話したことがあるんです。だから、アイビィを彼女に届けることをお任せします。お義父さんが親切な方だと知れ、仲良くなれたことが今日一番のラッキーでした」

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