幸運
参径
キャンディハート
「幸運のアメ玉――だって」
「なにそれ」
夕餉を終え、リビングのテーブルで向かい合って一息をついていると、
「はいこれ」
スマホを弄りながら話していたので、てっきりネット上にそういう噂話が出回っているのかと思ったがそうではないらしい。わたしはテーブルの上に置かれた、茶色いセロファンで包まれたそれに、いささか驚いた。
「……なにこれ」
「今言ったじゃん、幸運のアメ玉だよ」
真由美はスマホを閉じてニカッと笑った。出会った頃とさほど変わらない、あどけない少女のような笑みだったが、年齢を重ねた相応の色気があった。
どうにもばつが悪くて、視線を逸らしながらアメ玉を手に取る。
「こんなの、どこで貰ってきたの? あるいは買った?」
「会社で貰ったんだよ。先輩が台湾に旅行に行ってたからそのお土産だってさ」
「ふぅん」
確かに、セロファンの表面には白抜きで漢字の羅列が印刷されている。開運系の、というか、菓子におまじないや運気を託したりするものでいえばガレット・デ・ロワが有名だけど、台湾にもそういうものがあるのだろうか。あってもおかしくはない……お菓子だけに。
などと考えつつ、しげしげとアメ玉を眺める。
「貰っちゃっていいの?」
「うん。私はさっき食べたから」
じゃあ、とセロファンをほどき、紫色に着色されたアメ玉を口の中に放り込む。色合いからしてぶどう味かな、とアタリをつけていたが、的中だ。ぶどう系の甘味料の味が口の中に広がる。
「これのどこが幸運のアメ玉なの?」
正直、特段褒めるような味でもない。貰ったものにケチをつけたくはないが、あまりにも平凡なのでつい訊いてしまう。
「まぁ落ち着いて。えっとね、確か……」
真由美はそう言って再びスマホを開いた。ネットで検索でもしているのかと思ったが、どうやらその通りらしく。
「……あったあった、これだ。えーっと、味が変わるお菓子……この場合はアメ玉なんだけど、最初はぶどう味で、舐めてるうちに違う味になるから、それで運勢を見るんだって」
「ふうん」
舌先でアメを弄びながら、わたしは説明を聞く。
「レモン味に変われば幸運。チェリー味なら中くらい、黒糖味はいわゆる『凶』。80年代くらいから売ってる大衆向けのお菓子……だって。アメ以外にもバリエーションはあるみたい」
ほら見て、真由美はスマートフォンの画面を差し出してくる。ガム、パイ、変わったところでは小籠包なんてのも。味が変わるだけではなく、最初から味が違う、なんて場合もあるようだ。
「こういうの好きな人、いるよねー」
「え……
真由美の顔が一瞬、曇る。
「あ、いや、一般論だよ。わたしは別に――」
好きとも嫌いとも言い切れないが。とにかく、貰った物であるなら喜ばないわけにはいかない。
「真由美がくれたものなら、なんでもいいよ」
「……なんか投げやり」
「んなことないって……あ」
味が変わった。そう告げると、不機嫌そうな真由美の膨れ面がぱぁ、っと笑顔に変わった。表情がコロコロと変わるのは真由美の美点、というか魅力の一つだと、わたしは勝手に思っている。
「ねぇ、何味!? 何味になったの!?」
「んー……これ、レモン? ちょっと酸っぱい感じ」
「え!? ウソ、当たりじゃん!」
「みたいだね」
喜んでくれたのなら何よりだ。
「ね、ちょっと見せてよ。色も変わってるか確かめたい」
そう言われて、わたしはなんの躊躇いもなく舌を突き出した。
「いいよ――うむっ!?」
そこを真由美に突かれた。気づけば舌をねぶられ、口内を蹂躙されていた。
「うも……っ」
テーブル越しだから、相当無理がある筈だが。そんなのお構いなしに、上体を机上に乗っけてわたしを貪ってくる。
「……ぷはっ」
たっぷり1分、思うさま唾液を交換して、やっと離れた真由美の口からは細い糸が架かっていた。
「……いきなり何?」
「へへ、えへへ、当たりの味、貰っちゃった」
真由美は質問には答えずに、またしてもニカッと笑って、舌の上に乗せたアメを見せてきた。なるほど確かにレモン色だ。わたしの幸運は約束されたのだろうか。
ってそうじゃなくて。
「何のつもり!?」
「い……いや、最近ご無沙汰だったなー、なんて思いまして」
くねくねと身体を捩らせながら真由美が言う。おどけてはいるが、耳は既に真っ赤に染まっている。
「……で?」
相手のペースに乗せられるのはごめんだ。わたしは平静を装った。最後にしたのは数週間前……ひと月は経っていないと思うが、それなりに時間は空いている。
「どうしたいの。真由美は」
「…………」
彼女が返答に詰まる。
「……えーっと……」
目線が虚空に泳ぐ。
「佳奈に明日、予定とかなければ…………」
その目線が、わたしのそれと合った。
「…………」
少し考える。明日は休日だし、今からしても昼前には起きられるだろう。会社から電話が入るかもしれないから、スマホの電源は切っておくとして。
そう考えていると、いつの間にかテーブルを回り込んできた真由美に後ろから抱きつかれる。
「なんかいろいろ考えてない?」
声に艶が交じる。出会ったばっかりの頃は、色恋なんて微塵も興味なさそうな出で立ちと態度をしていたくせに、いつの間にかいろんなことを吸収して、覚えて、わたし相手に放出してる。
「……わたしは」
「考えちゃだーめ。溺れるの。こういうときには」
何も考えずに。ね? 真由美の指が伸びてきて、わたしの顎をなぞる。
まだ。まだだ。まだ気を許しちゃダメだ。ここで身を任せるから、真由美は増長して……。
「佳奈」
耳元で名前を囁かれる。たったそれだけで、甘美な快感が背筋を駆け上がっていく。
「……っ……もう……!」
どうにでもなれ! 真由美の腕を払いながら椅子から立ち上がる。そのまま、へらへら笑っている彼女の唇を奪う。
「……! ……っ……!!」
ついでにアメ玉も奪還する。これがないと、ずっと主導権を握られてしまうような気がしたから。
「……行こ、ベッド」
表情は蕩けていても、視線だけは灼けるように情熱的だ。
「今夜は寝かせないよ」
わたしたちは、アメが融けても夜が融けても、欲しいがままに貪り合った。
幸運 参径 @1070_j3
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