【chit-chat】

【chit-chat】冬、魔法使いは聖剣と共に温かい寝床を望む……薪も持たずに。




* * * * * * * * *




 英雄シークと伝説の聖剣バルドル。バスターと関わりのある者で、このコンビを知らない者はいない。


 勿論、シークが封印されていた間も活躍を続けたビアンカ、ゼスタ、シャルナク、イヴァンも評判がすこぶる良い。そんな彼らとは違い、ようやく活動を再開したシークはまだ表に殆ど出ていない。扱いはまるで珍獣のようだ。


 どこへ行ってもシークは満面の笑みで迎えられ、サインや写真をねだられる。バルドルはディーゴの聖剣ではなく、シークの聖剣として扱われご機嫌だ。


「あの、シーク? 僕はこうして人里離れた場所を転々とする旅は、ディーゴとの逃避行を思い出すのだけれど」


「いやあ、まあ……やってる事は一緒かもね。だって町に寄った途端、あっ! シーク・イグニスタだ! って囲まれるんだよ? こっそり行動するしかないじゃん」


「こそこそ動き回る英雄って響きが残念だね、シーク」


「……その聖剣さんに言われるんだからそうだね、バルドル」


「僕の言葉じゃない、かつてディーゴが言ったのさ」


 魔王教徒、アダム・マジックの真実、過去の戦い……それにムゲンの獣人たち。それらを表に立って知らせた4人に比べると、シークは人前に出る機会が殆どなかった。


 パーティーを組みなおし、別行動も挟みながら旅を再開して数ヶ月。シークはようやく時間のギャップに慣れてきたところだ。


「そうだ、滅多にお目にかかれない君の見物料を取れば、大金持ちだと思わないかい? 貧乏少年から成り上がった君には、お金の大切さが分かるはずだよシーク」


「そういう発想どこで仕入れて来るんだよ。あっ、さてはバルドル、お金の話をするってことは欲しい手入れ道具があるんだな」


「おっと聖剣より鋭い考察。僕の『柄』には負えない金額だったから、今回は君に稼いでもらおうかと」


「いやいつも稼ぐのは俺だよ」


 出会った時こそ他人行儀だったが、バスターとなってからのシークとバルドルの会話は変わることなく軽快で、それでいて遠慮がなかった。春の草原でも、夏の山でも、秋の海辺でも、のんびりとした言い合いは一度始まればとめどなく続く。


 今の季節は枯れた草を風が撫で、遠目に見れば金色の絨毯のよう。冬だというのにこの地域はあまり雪が降らないらしい。


 そんな草原を歩く2人の周囲には町も村も見当たらない。大自然の中、四季の移ろいとは対照的に1人と1本の関係は全くブレないようだ。


 空を仰ぎ見れば遠くの空が霞み、橙色の夕陽が溶けはじめていた。


「たまには僕に内緒で選んでくれてもいいと思うのだけれど」


「留守番を断固拒否するくせに、どうやって内緒にしろって言うんだ。じゃあバルドルは俺にどんなプレゼントをくれるのさ」


「そうだね……案内通りに歩いてくれたら、ある日突然ドラゴン種の1体や2体でも。思わず斬りたくなるだろう? 嬉しいね、良かったね」


「プレゼントを君も一緒に受け取るってのは何かおかしくない?」


 嬉しくないどころか、それではバルドルにとってのプレゼントだ。シークは「却下」と伝える。


「僕……ドラゴンが斬りたいな。伝説の英雄シーク・イグニスタがドラゴンを斬るところ、見てみたいな、ああ、きっとカッコいいんだろうなあ。僕も頑張るよ」


「そんな借りて来た猫みたいな態度とっても駄目」


「猫!? わざわざ猫を借りるのかい? 聖剣ともなれば買える代物ではないから、借りようという発想も頷けるけれどね。猫を借りるなんてとんでもない」


「あー……えっと、どこまで何の話をしてたんだっけ」


「猫を借りるなんておかしいって話」


「違う」


 猫の爪が苦手なバルドルは、猫という言葉に過剰反応して話の腰を折る。言葉の本来の意味を説明しようにもいい案が思い浮かばず、シークはもう少しバルドルがおとなしい時にしようと諦めた。


 辺りは次第に暗くなる。シークは今日の活動を断念し、野宿できそうな場所を探し始めた。


「それにしても……本当にこんな島にサンドワームなんていると思う? 丸1日歩いて痕跡すらないんだけど」


「普段は土の中にいるというから、地面に這い出てきた時の穴を探すくらいしか方法はないね。願わくばこの島であって欲しい」


 エンリケ公国の港町カインズの真西に位置するケイン諸島。入島制限がかけられた無人島がいくつも存在しており、固有の生態系、それに渡り鳥の繁殖地として有名だ。


 しかし、近年鳥が越冬のために南へ渡る際、その数が激減しているという。その原因が噂されていたサンドワームではないかという話になり、シーク達に調査・討伐の依頼が舞い込んだのだ。


 サンドワームといえば通常は砂漠地帯に棲息し、地中で活動する巨大ミミズを指す。ケイン諸島に砂漠はないが、亜種の存在が確認されていないため、暫定的に名称が決まるまでサンドワームと呼んでいるらしい。


「もう他の島を探してるバスターが倒していたりして」


「そんな、どこの猫の骨かも分からない奴らに僕の楽しみを横取りされるなんて、考えたくもない」


「猫の骨って……」


 シーク達の他にも数組が手分けして調査している。ディズのパーティーも来ているという。


 バスター3年目にはオレンジ等級にまで駆け上がった4人も、新人バスターの憧れの的になりつつあった。


「じゃあもしビアンカとゼスタが向かった島と、シャルナクとイヴァンが向かった島に現れていたら?」


「それも嫌だ。特にケルベロスは絶対僕に自慢するよ。想像するだけで悔しいね。アルジュナは倒してごめんと言って嬉しそうに謝るんだ」


 周囲に燃えそうなものはなく、焚き火は出来そうにない。高緯度の極寒の地では凍えてしまう。


 シークは冷たい干し肉を齧りながらアクアを器用に調整し、ファイアをこれまた器用に調整してコップにお湯を用意した。


「あ~寒い……ブランケットとコートだけじゃ凌げないよ」


「えっと、君のためにとってもいい案を思いついたのだけれど、提案しても?」


「……モンスターを斬って、体を動かして温まれって話なら却下」


「ん~……半分はそうだけれど、これは一石二鳥の方法だからん。却下された方は僕がもらうよ」


 シークはやっぱりかと言って白い息を吐きながら笑う。


「ちなみにもう半分は?」


「モンスターを倒すと君は燃やす事になる。すると君は完全に燃え尽きるまで火の傍にいられる。どうだい、シーク」


「……なるほど、名案だ。冴えてるじゃんバルドル」


「どうもね。そしてちょうど君の100メーテ後方辺りに不審な動きがある」


「よし、温まろう」


「僕からのプレゼントだ」


「……お気遣いどうも」


 シークは立ち上がり、バルドルを手に取った。これはバルドルのためではない。サンドワームを倒す前に凍死したくはないからだ。


「ついでに食べてみるという手もあるんじゃないかい?」


「そんな手はないよ」


「その両手は?」


「他の物を食べる時に使う」


 モンスターを食べることに慣れたとはいえ、巨大芋虫だ。流石のシークも食べようとは思えなかった。


「君がおじいちゃんになったら、きっと柔らかい物を食べたくなる。その時ああ、食べてみたかったなって思い出すんだ」


「ご心配どうも。入れ歯をするからそんな時は一生来ない」


「入れ『刃』か。それなら僕が自信をもってアダマンタイトをお勧めするよ」


「俺の口の中をどうしたいんだよバルドル」


 緊張感などどこにも見当たらない。あるのはいつもの1人と1本の会話だけ。


 奇しくもバルドルが発見したものはサンドワームだった。シークとバルドルは斬ることが出来た喜びと、これで凍えずに済むという喜び、2つの喜びを交換し、それぞれで分け合った。


「あの、僕から提案があるのだけれど」


「お替りならなしだよ、バルドル」


「むっ……この君に温かさをプレゼントした『剣であり』な僕に対する『人でなし』な仕打ち」


「やっぱりお替りだったか」


 じわじわと燃えるサンドワームの巨体は2、3時間くらいでは消えそうにない。1時間だけ、とシークは横になり、バルドルに見張りを任せて眠りについた。


 澄み切った星空の下、静まり返った島の平原に、焼けたサンドワームの身が小さく弾ける音が心地よく溶けていく。普段見ることがない炎が怖いのか、モンスターが近寄る気配はない。


「あーあ、シークの夢の中にいる僕は、今頃モンスターを沢山斬っているんだろうなあ。夢があったら入りたいってやつだ」


 そう呟くバルドルの声もまた、夜の闇に溶けて消えていく。


 朝になるまで結局シークを起こさなかったバルドル。寝起きのシークに恩着せがましく「熟睡をプレゼントした」と主張したのは言うまでもない。




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