Volcanic island-12


 * * * * * * * * *



 数日後、一行はムゲン特別自治区とナイダ王国との山脈国境を越えた。


 ナイダ高地と呼ばれる一帯は、標高1000メーテ程の森の中に、ほぼ全周が崖となった巨大なテーブルマウンテンが幾つもそびえ立つ。


「ふあー……なんだあの崖」


 ゼスタが口をぽかんと開け、森の先に見える崖を指差す。


「テーブルマウンテンってやつだ。周囲が完全に崖となっているものもあれば、一部分だけ斜面となって登れるものもある」


「と言っても、実は俺達もナイダ王国に来る事自体が初めてなんだ。他の地域に住む一般人が来るには金も時間も労力も掛かり過ぎるから、バスターとして来る奴は殆どいない」


 ゴウンとカイトスターが簡単な解説をしてくれる。崖の高さは1000メーテ前後、多くのテーブルマウンテンの頂上は、誰も足を踏み入れた事がないのだという。


「台地は下の世界と全く気候も植生も違うって話よ。ちょっと楽しみだわ」


 更に畳み掛けるリディカの言葉に、モンスター討伐を行うバスターとしてではなく、冒険家としての探究心が湧き上がって来る。


 だが今回はそんな準備をしていない。そもそも魔王教徒の本部以外を訪れるような余裕もない。


「凄い滝……高すぎて途中で霧になって消えていくわ」


「これが……パラクパ・ヴェナ」


「滝の名前ですか?」


「ああ、聞いたことがある。この世で最も高い所から流れる……いや、落ちる滝だ」


 テーブルマウンテンの切り立った崖から流れる滝は、風に吹かれて空中に散っていく。神がこの世に流す最初の水と言われる滝で、地元の者に幾ら頼んでも案内して貰えない聖地だ。


 テーブルマウンテンから染み出る水や、崖に暖かい空気が当たって出来る霧のせいで、付近にのみ森が広がっている。その周囲は土と石と、少しばかりの低木が生える荒野だ。


 遠くから眺めるとまるで巨大なステーキのようだ。不思議な光景はいつまで見ていても飽きない。


「地図ではこの西のテーブルマウンテンにレンベリンガ村がある。北に回り込んで、山の斜面の道を登って行く」


「こんな辺境の地に住まなくても……」


「……静かに」


 森に入ったところでバルドルが何かに気付いた。


「この辺りにトレントはいるのかい」


「どうだろうな、この辺りは常緑樹、シダ……トレントがいるとしたら見つけるのは難しいな」


「いや、右前方……ああ、シークから見てってこと。紅葉した葉を落とす木に心当たりは?」


「紅葉なんて……おいおい、囲まれるぞ! 走れェ!」


「全員武器を取れ、囲まれる前に抜けるぞ!」


 カイトスターが周囲を確認し、ゴウンの指示で皆が一斉に武器を構える。


 この地方に紅葉し、落葉する木はない。つまり不自然なその木がトレントだ。森を抜けるまで走り、襲い掛かかってくるトレントだけを倒す、それしかない。


「スネークトレントだ! こいつらは枝を人間に突き刺して、洞に飲み込むまで巻きつきます!」


「ハァ、ハァ……テディさん、物知り……!」


「イヴァンさん、ボクがトレントはどれだか教えます! アンナさん達はイヴァンさんの前に!」


「リディカ、ミラは俺の後ろだ! カイトスターとレイダーは左右に! テディは俺の前、ゼスタと並んで武器を構えろ! ビアンカ、シーク、2人は最後尾! 走るぞ!」


「ディズ、右!」


 トレントは皆の行く手を塞ぐように木の枝を伸ばし、シーク達の身に絡みつこうとする。洞を大きく開けて飲み込もうとする姿に、初めてトレントを見るディズ達はおぞましさを覚える。


「うわぁまずいまずい! 枝!」


「枝に巻かれるな!」


「俺が盾で防ぐ! ゼスタ、枝を! テディはリディカを守れ!」


「シーク! 剣閃だ!」


「皆行って! 剣閃より……エアリアルソード!」


「皆、トレントが叫ぶ! 耳を防げよ、失神するぞ!」


 シークがバルドルを右脇に引き付け、構えた刃で円を描くように水平に振り払う。その鋭い刃と気力によって、周囲の木と共にトレントが真っ二つになった。


「ギャァァァァ!」


 トレントの断末魔が周囲に響き渡り、付近の木の上から大蛇が一匹降ってくる。トレントの叫びにやられたようだ。


「皆、見てて! グングニル!」


「ええよ、いつでも! この先まで道を作るつもりでいき!」


「いっけぇ……魔槍スマウグ!」


 ビアンカが後方から一気に前方まで駆け出し、前方のトレントを周囲の木々諸共一直線に撃ち抜いた。反射的に皆が耳を塞ぎ、トレントの叫び声は周囲に潜んでいたモンスターの耳をつんざく。


 ビアンカの攻撃によって道は拓けた。シークがトルネードを唱え、邪魔な枝などを風の渦で排除していく。


「いくぞ! 走れ!」


「俺の銃なら距離があっても狙える! 指示してくれ!」


「分かった、クレスタの援護はぼくがする! 右だ!」


「パワーショット! 耳塞いで!」


「プロテクト・オール!」


 リディカとミラが皆の防御力を高めて守る。両手で耳を塞がずに走れるようになった事で、皆はまた全速力で走り始めた。


「くっそ駄目だ、俺の気力じゃ撃ち抜けない!」


「おぉォォ……エアリアル・ブルクラッシュ! 大丈夫か!」


「シークさん、すげえ……有難うございます!」


「イヴァン! アレスの方が大木を切るのには向いてる! 俺はケルベロスで枝を落とす、トレントでも大木でもぶった斬れ!」


「分かりました!」


 先頭をビアンカとイヴァンに任せ、通るのに邪魔な枝葉をゼスタとカイトスターが斬り払っていく。アンナとゴウンがリディカとミラを守る様に盾を構え、ディズとテディが援護する。


「おいレイダー、追手全部撃ち抜け! 焼き払っちまえ! 気力もっと込めろ!」


「馬鹿、森が燃えちまうだろうが!」


「俺がアクアで消します、撃って下さい!」


「分かった、ったくアルジュナのこの性格、どうにかならねえのか……バーンショット!」


 レイダーの放った矢が追ってくるトレントを撃ち抜き、瞬く間に燃え上がる。周囲のトレントが巻き込まれて断末魔を上げると、シークは再び剣閃の構えを取った。


「アクアソード!」


 水の刃が周囲の木々まで薙ぎ倒し、トレントの炎を一瞬で消して蒸気に変える。まだ辺りはザワザワと音を立てているが、シークは後方の確認をバルドルに任せ、再び走り始めた。


「森を抜けるわ!」


「止まるな、走れ!」


 走り難い恰好のリディカとミラを、ディズとテディが支える。一行はなんとかテーブルマウンテンの麓の森を抜けた。


「逃げ切れたか!」


「どうやらそのようだね。斬り足りないから、ここで待ち伏せなどどうかい?」


「全速力で、走って来た俺達に、ハァ、ハァ、掛ける言葉がそれかい」


「共鳴中を除けば、走った経験がないのでね。その大変さを分かってあげる事が出来ないんだ」


「……分かる気もない、と」


 目指すテーブルマウンテンまではあと数キロメーテだ。もう1時間もかからない。


「ハァ、ハァ……地図で、見ると……あの崖に沿った道をぐるりと登り切って、すぐの所がレンベリンガ村のようですね」


「魔王教徒に制圧されているのなら、当然周囲を警戒しているはず。疲労困憊だけど、ここを野営地にするのはあからさまだな」


「そう、ね。テディさん、双眼鏡で、何か見えます? あー駄目、グングニルちょっと周囲の警戒変わって、疲れたわ……」


 軽めの装備とはいえ、盾と剣を背負ったアンナは特に疲れている。地面に仰向けに倒れて息をする度、肩や胸が大きく動く。ミラは体操座りのまま静止だ。リディカも流石に髪を振り乱したまま、地面に座り込んでいた。


「……少しだけ休憩にするか。このまま向かっても返り討ちに合いそうだ。火は使うな、陽が落ちたら向こうから見えない位置に移動する」


 ようやく見えた魔王教徒アジトを前に、皆は体調を整えようと体力の回復に努める。明日にはレンベリンガ村で魔王教徒を制圧し、アダムと対決する事になるだろう。


 道中はあまり感じなかった緊張を、この時ばかりは皆が一様に感じていた。

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