Volcanic island-11
「父さま! 有難うございます、必ず成し遂げてきます」
イヴァンの父親が頭を下げ、皆も慌てて頭を下げる。村長にもこれからの事を伝えた一行は、もう昼過ぎではあったが村を発つ事にした。
歓迎の宴を開くと言ってくれたが、今はその時間が惜しい。
ナン村の東の荒野を進むと、礫砂漠の丘陵地へと変わっていく。見渡せば、ムゲン特別自治区を囲むような高峰が連なっていた。
歩くのに困りはしないが、景色は全く代わり映えしない。アンナがハァッとため息をつく。
「標高3000メーテ地点も通るんですよね。バスターの旅ってこんなに過酷だったんだ」
新人のディズ達はまだ長旅に慣れておらず、疲労が溜まるのも早い。
一方、ベテラン組は余裕がありそうだ。特にビアンカは楽しそうに微笑んでいる。
数時間で音を上げ始めたアンナのため、ビアンカは気分転換と言って鞄から写真機と小さな写真帳を取り出した。
「ねえねえ、写真のフィルムはいっぱいある? 私はまた来れるか分からない所に来たら、いろいろ写真に収めてるの。ほら」
「うわ、これどこですか? すごい綺麗、滝が流れてる!」
「シークさんとゼスタさんも結構面白い事してる、わ、見てみてこれ!」
「えっ、これ露天風呂ですか? 旅の途中にお風呂に!?」
「シーク坊やの温度調節が絶妙やけんね、なかなか良かとよ」
「私もシークちゃんに大森林で用意してもらって以降、よくやってるわ。ミラちゃんも魔法が使えるんだから、アクアで水を溜めて……」
「あーいいなあ! そういう発想なかった! お風呂入りたい! ミラ、今度私達もやろうよ!」
途中でリディカも加わり、女性陣はピクニックのように会話を繰り広げる。重装備に重い荷物を担ぎ、足具の金属音を響かせながらという状況は変わらないが、アンナもすっかり元気を取り戻したようだ。
「あいつら、緊張感って言葉知ってんのかよ」
「そうは言っても、俺っちもやる気出ねえしなあ。目的地に着いたって人相手じゃ斬れねえ」
「悪と戦う気概はどこ行ったよ。グングニルまで参加しちまってるし、あれで女子気取りか」
ついには写真撮影まで始めたビアンカ達に、ゼスタが盛大にため息をつく。
ゴウン達は気にせず黙々と歩いていて、イヴァンは案内として説明をしながら軽快に歩いている。テディはマッピングとしてルートを記し、地図の地点と合わせるように写真を撮っているところだ。
それに少しホッとしたゼスタは、シークへと声を掛けようとしてまたガッカリした。
「頼むよシーク、斬れない日々なんて耐えられない。ちょっとモンスターを斬って落ち着こうよ」
「斬って落ち着くって全然意味分かんないってば」
「お願いだよシーク、この通りだ」
「どの通りだよ、曲がっても伸びてもないから全然分かんない」
「だーっ! シーク達までいつも通りで緊張感ねえし!」
余程暇なのか、シークとバルドルもお喋りを止める様子がない。バルドルはシークだけではなく、前を歩くレイダーの背にも話しかけ、アルジュナを巻き込む。
「アルジュナ、聞いておくれよ! モンスターは斬ってよし、撃ってよし、突いてよし! そう思うだろう?」
「でも……ボクたちは戦って貰わなくちゃ、何も出来ないし……」
「そう! どれだけでも報いるというのに! あ、そういえばアルジュナ。君に教えて貰った一矢報いるという言葉、意味を間違えていたよ」
「えっ、そうなの? ……ごめんよ、ボク間違っちゃったんだね。迷惑、掛けてないかな」
禍々しくも美しい、燃えるような赤いコンポジットボウは、およそその形に似合わない弱気な返事をする。
思い返せば移動中に緊張感があった事など、そもそもそんなになかったのだ。ゼスタは仕方ないと肩を落とし、列の前へ移動した。
「ゼスタさん、あいつらに言っても仕方ないっすよ。アンナもミラも、いつもあんな調子で喋り倒してるんで」
「ぼく達まだそんなに遠くまで行けていなかったんで。2人共これから長旅があったら、きっとビアンカさんの真似をしますよ」
「クレスタもディズも苦労してるんだな……」
夕方になり、一行は見晴らしが良く、落石などの心配もなさそうな場所を選んで野宿を決めた。山脈へと沈んでいく夕陽がとても綺麗で、眺めていると準備はなかなか進まない。
「あ、そうだシーク! お風呂作ってよ!」
「えっ? 良いけど……どこに作るんだよ」
「えっと……あ、あの岩場! 平らだし上が窪んでる!」
「……嫌だって、言えない雰囲気だね」
女性陣の期待の眼差しに気づき、シークは無言で風呂の準備に取り掛かる。別の場所にも都合の良い岩場を見つけ、アクアを唱えて水が漏れないか確認した後、幾つか熱した石を入れてお湯に変えていく。
即席露天風呂は2つ。男女で分けたらしい。
「覗かないって言ってもビアンカがいつもうるさいから、今日は男湯と分けたよ。向こうからは見えないし、存分にどうぞ」
「……その、全く覗くに値しないみたいに言われるのもなんかむかつくわね」
「ほら、冷めちゃうから。入れる人から先に入って下さーい」
「俺はマッピングの整理をしてるから、後から入るよ。明るいうちにやりたくて、もう少しで出来上がるんだ。いいかな?」
「分かりました。じゃあ、見張りは俺とテディさんと……」
「ぼくとクレスタも後でいいです。一緒に見張りましょう」
見張りが決まると女性陣が喜んで服を脱ぎ始め、下着や半袖シャツのままで湯に向かう。
「覗かないでよ! 見ないでね!」
「ないもんをどうやって見ろってんだ、ったく」
「ゼスタ何~? 全然聞こえるんだけどー」
「何もねえよ! 聞こえてんならさっさと入れ!」
「あー! 何もないとか酷い!」
「あるならあるで堂々としてろよ! あーもう、俺達も入ろうぜ」
ゼスタとビアンカのやり取りに笑いながら、一方の男達は特に周囲を気にする事なく堂々とした姿で湯に入る。久しぶりに長旅の汚れを落とせたからか、表情は穏やかで明るい。
イヴァンは上がった後で周囲に気遣いながら尻尾を振り、乾き具合を念入りに確かめていた。
「……まあ、これが俺達の旅だよな。せっかくなら楽しむ方がいいか」
「おめーは時々考え過ぎなんだよ。魔法使いの祖が敵のボスかもしれねえって事態に、魔法使いのシークが落ち込んでんじゃねえかって気にしてたんだろ?」
「お前、人の心を勝手に読むんじゃねえよ。でもまあ、心配はいらなかったようだな」
ゼスタはフッと笑い、下着を履き終えるとシークに交代を呼びかける。
「ゼスタ、お前は仲間思いだな。俺達の若い頃なんて、半分蹴落とすつもりの競争だったぜ?」
「そうそう。カイトスターなんてな、張り合い過ぎた挙句、モンスターの前でぶっ倒れやがってさ」
「その話はもうやめてくれって。レイダーだって……」
ついつい楽しげな会話になるのは仲が良い証拠だ。ベテラン達でさえそうなのだから、無理に真面目ぶる必要もない。
ゼスタが視線を移すと、クレスタ、ディズ、それにバルドルがお湯の中に顔……もしくは全刀身をつけ、シークとテディが何と言っているかを当てる姿が目に入った。
今度こそゼスタは声に出して笑う。
「おい女ども、若くて逞しいバスターの裸、今なら見放題だぞ」
「あっ、見る見る!」
「ちょっ、ちょっとゼスタ! ビアンカも見る見るじゃないよ! ほら代わりにバルドルの裸でも見て……わっ本当に来た!」
「僕はお湯で埃を落したけれど、誇りならいつも身に纏っているからお構いなく」
「シークさんをどうぞ!」
「あっディズ!? クレスタも何上がろうとしてんだ、あーテディさんが逃げた!」
皆、心配が必要なほど弱くはない。どうせもうじき嫌でも緊張しなければならない場面が来る。
ゼスタはからかうのをやめてタオルを広げ、男湯の目隠し役を買って出た。
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