Volcanic island-09



 ディズが叫び、退避を始めていた全員が火山に目を向ける。巨石は火山の中腹にぶち当たり、重低音と共に地面が揺れた。


「うわっ!?」


「え……えっ? 何をする気だったんだ、魔法の暴発か?」


 アダムの傀儡は規則正しくストーンバレットを放ち続ける。シーク達が止めさせようとしても止める気配がない。


 その度に地面は揺れ、体の芯まで響く重低音が返ってくる。火山へ巨石をぶつける意図が全く分からない。


「なんで……もしかして」


 全員で一つの場所に集まり、ただ様子を見守っていると、ふいに地面が今までにない程揺れた。地の底から小刻みに突き上げられるような振動が続く。


 海辺では一斉にウミネコが飛び立ち、しきりにミャーミャーと鳴き続けている。


「おい、変な音が聞こえないか? 獣の低い咆哮みたいな、ボーって」


「まずいです、火山の噴煙が激しくなっています! 何とかしてアダムの魔法を止めないと」


「アダムの狙いは火山を噴火させて、全てを……うわっ!?」


 ゼスタが耳を澄ませ、耳の良いイヴァンが音の発生源を探る。


 ディズが噴煙が高くなっている事に気付き、シークがアダムの狙いを言い当てようと喋りかけたその時、火山の中腹から炎の柱が立ち昇った。同時に爆弾が炸裂したかのような音と空震が襲う。


「プロテクト・オール! 耳は大丈夫? 間に合ったかしら!」


「リディカ、助かった!」


「多分何度か来るわ、爆発が見えたら耳を塞いで!」


 間一髪でリディカの魔法が付近にいる者の鼓膜を守った。火山の中腹が破裂し、土煙と共に噴石が降り注ぐ。


「噴火だ! まずい、火砕流が来るぞ!」


「逃げろ! 少しでも離れて高いところへ!」


 シーク達は天まで届きそうな程の噴煙を上げるラスカ火山の麓に、白い蒸気の筋が走り始めた事に気付いた。衝撃波で一度は転びながらも、その進路から離れるために南東へと必死で走る。


「プロテクト・オール! 風向きが変わった! 頭上に注意して!」


「魔法障壁・マジック・ウォール! 少しの熱なら防げるはずです!」


 リディカとミラが手分けして障壁魔法を重ね掛けする。皆が目を埃から守るようにしながら、視界はバルドル達に任せ、ひたすら地面だけを見て走り続ける。


「シーク、君の読みは当たりだよ。アダムはアジトの痕跡を消すつもりだったんだ。あの場所は周囲より低い、溶岩はそこを流れる」


「そこまでして何を消したかったんだ!」


「いや、むしろ重要なものがここにはないという事だよ。きっと本部とは別の場所に大切なものを保管しているんだ」


 空が暗くなり、山肌はすっかり見えなくなる。大きな噴火から数分、小高い丘に逃れたシーク達のすぐ目の前には、真っ赤な溶岩流が押し寄せていた。


 玄武岩質の高温のマグマは、赤や黄色の波しぶきを立てながら洪水のように流れていく。


「流れが早い……」


「待った! 魔王教徒がついて来てない!」


「なんだと? どさくさに紛れて俺達と別の方角へ逃げたのか!」


「だとしたら、今頃……溶岩流のど真ん中、か」


「俺達も、もし移動が遅れていたら……」


「まだ生きている人がいるかも!」


 1000℃にもなる溶岩の流れは、無残にも全てを飲み込んだ。傾斜があまりないにも関わらず、その速度は時速で70~80キロメーテ程にもなっている。


 1人でも助けられないかと訴えるシークに、ゴウンは首を横に振る。


 溶岩流を渡る手段はない。一瞬だけ逃げ惑う魔王教徒の声が聞こえたが、その声もふっと消えた。


 夜と間違う程暗くなった島の空の下、真っ赤な溶岩の流れだけがただ浮かび上がっている。


「……アダムの傀儡も、飲み込まれてしまったみたいだね」


「これで、魔王教徒の手掛かりはゼロになった……」


 熱さと土埃に顔を腕で覆いながら、シーク達はここを訪れた意味が失われた事に落胆していた。同時に、アダムや魔王教徒にとって信徒の命など、大して重要ではないという事実にも衝撃を受けていた。


 何より、魔法使いにとって神にも等しいアダムが、目の前で人を次々と殺めていった。その事実はシーク、リディカ、ミラの3人に絶望を与えるのに十分だった。


「……アダムが魔王教徒を倒した、という事はないんでしょうか。魔王教徒の仲間であると装って」


「そう、そうですよ! ぼく達を攻撃しなかったんですから」


 イヴァンの言葉にディズも頷く。確かに、シーク達は危ない場面もあったが、直接攻撃を受けてはいない。どれだけ攻撃を仕掛けようとも、それらしい反撃もされていない。


「そうね、やろうと思えば私達をすぐに攻撃して殺す事も出来たはず。それをしなかったって事は……」


「私もアンナの言う通り、そこまでの脅威を感じませんでした。私程度の魔法で凌げたのは、私達を殺す気がなかったからとしか思えません」


「狙撃地点から見ている限りでは、アンナ達やゴウンさん達を狙うような素振りは見えなかった。アダムは敵なのかと言われると、そうだと言い切れない」


「とにかくこの場所を離れよう、環境が悪すぎる。もう1つの町の跡地にも向かいたかったが」


「それしかないな。魔王教徒の拠点をあばくという目的がなくなった今、噴火の収束や溶岩が冷えるのを待つのは無駄だ」


 まだ早朝だという事を忘れそうな暗さの中、いつ溶岩の流れが変わるか分からない。迎えの船を待つことにした皆は、ライトボールすら無意味な視界の中を引き返す。


 降り注ぐ灰は、心にまで降り積もる。特にシーク、ゼスタ、ビアンカの3人は、目の前で黒焦げにされた魔王教徒の姿が脳裏にこびりついて離れない。


「きっと、西側に逃げ延びた者達もいるさ。魔王教徒が生き延びるという事にホッとする事は出来ないが、人命という点では希望を持ちたい」


「……いずれ世界を滅ぼそうとする奴らだと、頭では分かってるんです。だけど、改心させたり、現実を見させたりして、魔王教から抜け出す手伝いも出来たんじゃないかって」


「助けに行くなと止めたのは俺だ。罪の意識を感じるのは俺でいい。君達じゃない」


 後悔をにじませるシーク達に、ゴウンは責任の所在が自身にあると主張する。これ以上助けなかった事を悔めば、それを決めたゴウンを責める事にもなるだろう。


 言いたい事はあったが、シーク達はそれ以上の言葉を飲み込み、無言で歩き続けた。





* * * * * * * * *





 数時間も歩いた頃、ようやく皆は噴石と灰の中から抜け出し、深呼吸が出来る所までやってきた。風向き次第でいつまた煙と灰に包まれるかは分からないが、誰からともなくその場に座り、休憩を取り始める。


「魔王教徒の拠点の壊滅が、まさかこのような形で達成されるとはな」


「アジトの壊滅なら達成。でも手掛かりは何も得られなかった。アダム・マジックの傀儡となっていたアンデッドも、何が目的なのか分からなかったわ」


「この場所に連れてくるはずだった人達は、どうなったんだろう」


 ゴウンに続き、数名がボソボソと呟く。


 制圧自体は、そう難しいものはなかった。ただ、全てはアダムによって一掃されてしまった。手掛かりとなるものは一切残っていない。


 これからどう動けばいいのか。また手探りの日々が始まると思うと全員の気が重くなる。アークドラゴンの封印場所など、重要な事は何1つ聞き出せていないのだ。


「あの……シーク、落ち着いたかい? そろそろ僕の話を聞いてくれても?」


「どうぞ、バルドル」


「彼らの考えを読み取ったと伝えたはずだけれど、シークってば動揺しちゃって全然聞く耳持たずなんだから。耳がない僕でさえも聞けるというのに」


「悪かったよ、アダムがその……」


「コホン。続けても?」


「ああ、ごめん、どうぞ」


 バルドルは、魔王教徒の心を読み取って把握した事の説明を始めた。

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