Landmark-05


 

 ウォータードラゴンは頭が割けるかと思う程大きな口を開く。素早い動きでの噛みつきを、シーク(バルドル)は華麗に躱していく。


 それを何度か繰り返すうちにウォータードラゴンの頭に飛び乗り、うねうねと動くウォータードラゴンの髭を切り落とした。


「グアァァァァ!」


 ウォータードラゴンは首を持ち上げ、港から体を離す。


 サハギンの死体も、船を繋ぎとめるビットも何もかもが薙ぎ払われ、岸壁は完全な更地だ。髭を切られて感覚が狂ったウォータードラゴンは、海の中から首を出しただけの状態になる。


「シーク・イグニスタが!」


「おい、海に投げ出されたら溺れるぞ! 溺死しちまう!」


 町の中へと逃げようとするサハギンを斬り倒しながら、バスター達が叫んでいる。その声を聞きながら、シーク(バルドル)は口元だけで笑って見せた。


「これだけ更地になっていると有難い。ウォータードラゴン用のまな板だね、今から解体ショーだ」


 シーク(バルドル)はウォータードラゴンの右角を左手で握ったままだ。潰れた右目のすぐ横から口の中へバルドル本体を差し入れ、上顎を貫くように突き刺す。


 激痛のため、ウォータードラゴンが口を大きく開けて咆哮する。口をガチガチと閉じ、バルドルを噛んで折ろうと首を振りはじめた。


「僕がそんな粗末な歯に負けるはずないのに。おっと、牙のつもりだったかな、これは失礼」


 シーク(バルドル)は角から手を放し、突き刺したバルドル本体の柄を両手で握る。


「……いける、斬月」


 その本体を支点とし、前方に思いきり振りながら空中で回転する。ウォータードラゴンの体は突き刺されたまま、頭を中心にぐるりと縦に回転させられ、巨大な図体が尻尾まで露わになった。


「アレス! イヴァンと共鳴するんだ!」


 シーク(バルドル)は大声でアレスの名を呼ぶ。回転でウォータードラゴンを持ち上げ、その体を陸に上げるための攻撃だった事が分かり、バスター達は慌てて避ける。


 叩きつけられる音と共に、港が崩れるかと思う程の衝撃が襲った。尻尾まで海面から出てしまったウォータードラゴンの胴体は、更地となった港に横たわる。


「な、なんて攻撃だ……ありえねえ、こんな……」


 バスター達はウォータードラゴンが鞭のように打ち付けられ、痛みに痙攣する様子が信じられない。まるでメデューサに睨まれたように固まったまま、視界に入りきらない巨体を凝視している。


 サハギン達も何匹か押し潰され、生き残った個体は一目散に海の中へと逃げていく。


「イヴァンさん、ボクを信じてくれませんか」


「え、どう……いうこと?」


 不慣れながらサハギンの相手していたイヴァンは、息を切らしながらアレスに尋ねる。アレスが共鳴を申し出たため、目を閉じて精神統一を始めた。


「……やっぱり。ボクが思った通りだ、イヴァンさんはボクの主として相応しい。この溢れる力、滑らかに操れる体! ここで武勲を上げ、イヴァンさんを冒険に連れ出さなくては。バルドル! 感謝しますよ!」


「それはどうもね。さあ、普段は包丁呼ばわりされているけれど、今日は聖剣としてウォータードラゴンをさばくとしよう」


 ウォータードラゴンは頭を海の方へ、尻尾を町の方へと向けて仰向けになっている。体の痛みは治まったのか、尻尾を持ち上げて体を曲げ、先程とは逆の回転運動で海に戻ろうとする。


 暴風雨にウォータードラゴンの紫色の鋭い鱗が舞い、魔法使い達がバスター全体にプロテクトを張って守る。


 シーク(バルドル)はウォータードラゴンの口から本体を引き抜き、風の流れにビクともせずに露になった長く白い腹を断つ。


「ブルクラッシュ。おっと、魔法を込め忘れちゃった。共鳴は僕とシークの共同作業だというのに」


 どす黒い血が噴き出て、ウォータードラゴンは体を丸めて防御態勢に入ろうとする。そこへイヴァン(アレス)が斬り込み、丸まって露わになった背を打ち砕く。


「ボクも……ブルクラッシュ! ああ、久しぶりだ! やっぱりいい、戦闘はいいですね、バルドル!」


「いちいち再認識することかい? いつだって戦闘はいいものさ、アレス。それは武器にとって不変じゃないかい」


「そうですね、じゃあ、尻尾から斬り落としていきますよ!」


 3つ星の騎士と獣人の子供が、ウォータードラゴンをまるで「まな板の飛天魚」のように捌いていく。周囲の者は手を出していいのか、それすら分からない程圧倒されていた。


 ただ、その群衆の中から2人だけ飛び出す者がいた。ビアンカとゼスタだ。


「アンカースピアァァ! シークずるい!」


「双竜斬! お前ら何でこんな大物相手にしてんのに呼んでくれねえんだよ!」


「ほーら、あたしが突き刺したけん動きが止まったろうもん。剣でチマチマ切り刻んどったらハリケーンも過ぎてしまうばい」


「手数で圧して皮を剥いで、サクッと肉を気持よくぶった斬る! 俺っちなしでそれが出来るか?」


 ケルベロスとグングニルは、美味しい所を持っていかれないようにとゼスタとビアンカを焚きつける。


「僕がシークに献上するつもりだったのに! あーあ、噛まれたせいで柄の巻紐が千切れているよ。気に入ってたのに……頭は僕が貰う」


「ああ! ウォータードラゴンの尾頭付きだというのに……って、バルドルおめー共鳴してんのか!」


「うん、僕が戦いたいのは暴風雨じゃない、モンスターさ。さあもう一度……いや、やっぱり最後はシークに任せよう。空気は斬るだけじゃなくて、読むものらしい」


 ウォータードラゴンの長い首元に本体の刃を当てると、シーク(バルドル)はゆっくり目を閉じた。一瞬フラッとするも、シークは再びゆっくりと目を開けた。


「……うおっ!?」


うおではないね、ドラゴンだね」


「いや、そうじゃなくて……えっと、これはどういう状……態!」


 ウォータードラゴンが首を左右に振り、シークは咄嗟にバルドル本体で防ぐ。てっきり倒された後で目を覚ますと思っていたのだ。


「君のために残しておいたのさ。さあ斬った斬った!」


「ビックリするだろ! でも……まあリベンジってところか、お膳立て有難う」


「どうもね。僕の言う通りにやってごらん。刃を当てた部分を支点にして、跳び上がって前転。最後に返しの斬撃に気力を乗せて斬っていくんだ」


「この暴風の中で……難しい注文だ! なんて技?」


「斬月」


「えっと……今回はブルクラッシュでもいいかな、後日しっかり教えて!」


「……君の希望とあれば仕方ない」


 シークがバルドル本体に力を込める。


 魔力を込める気配がないシークに、バルドルは内心「あれ?」と思ったが、シークはそのままバルドルを振り上げた。そしてのたうちまわるウォータードラゴンの首をザックリと斬り落とす。


「ブルクラッシュ!」


 ウォータードラゴンの体からふっと力が抜け、付け根からはゴプッと血が溢れる。


「グオォォォ!」


 地鳴りがする程の断末魔を上げ、ウォータードラゴンは完全に体を切り離された。頭がピクピクと動いているが、もう何が出来る訳でもない。


「終わった……」


 風に煽られながらも、ビアンカとゼスタ、そして共鳴を解いたイヴァンがシークの傍に集まる。


 周囲で見守っていたバスター達は、術が解けたようにシーク達に駆け寄る。次第に湧き上がってきた勝利の感情を爆発させ、大声で喜びを表した。


 サハギン達はいつの間にか海へと逃げていた。


「うおぉぉ! やった、やったぞ!」


「最強モンスターを倒しやがった! ウォータードラゴンを、倒しやがった!」


「シルバーランクのフルパーティーで苦戦する相手だぞ……すげえ」


 4人は周囲のバスター達に労いの言葉を掛けられ、ハグされ、その健闘を大いに称えられる。全身びしょ濡れのバスター達は、シーク達を取り囲んだまま、晴れやかな笑顔で管理所へと向かって歩き出す。


「シーク、何で魔法剣を使わなかったのかを尋ねても?」


「うん、なんとなく、だけどね。魔法じゃなくて、バルドルの力で止めを刺したかったんだ」

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