【chit-chat 4】青年は、憧れの戦士との再会を約束する……1年後、この町にて。

 

【chit-chat 】



 ジルダ共和国、ギリング町。


 有名なバスターのパーティーが登録したとして、近年新人にとっての聖地と化している町だ。


 夕刻になり、多くのバスターが今日の活動を終える時間。1人の青年がバスター管理所から出てきた。


 白金の髪を立たせ、鼻筋の通った爽やかで涼しげな顔。バスターになってから10センチメーテ(1センチメーテ=1セルテ=1センチメートル)も伸びたという長身は、彼のスタイルの良さを際立たせている。


 おまけに黒い軽鎧と小手、足具にいたるまで、全て稀少で強度の高いオリハルコン製。間違いなくとびきりの一級品だ。


 若くしてシルバー等級相当の装備を着る者など数人しかいない。


 その両脇には、黒革のカバーから黒い双剣の柄がのぞいていた。


「倒しても倒しても、モンスターってやつはどこから湧いてくるんだろうな」


 青年は独り言にしては大きめの声で、両脇の双剣の柄を押さえる。


「モンスターがいなくなりゃあ、俺っちの存在意義はなくなる。どんどん湧いてくれ、そしてどんどん斬ってくれ」


「ミノタウロスでも不満を言うんだから、アーク級でもなきゃ斬ってないのと一緒だろうが」


「そんな事ねえって! ラビでもゴブリンでも我慢する! あっ……やっぱりオーガくらいは」


「言った傍から」


 青年はどこからともなく聞こえる男性の声と会話をしている。他に誰の姿も見当たらないが、きっと青年には見えているのだろう。


 足具が石畳をコツコツと打つ。暫く通りを歩いて西へと曲がった青年は、3階、4階立てのアパートや商店が立ち並ぶ大通を背に、民家が立ち並ぶ地区へと向かう。


 その中で特に立派でもなく、みすぼらしくもない平屋の前に立ち、青年は1つ、深呼吸をした。


「……もう、来てるよな」


「約束は17時だろ? さっき17時だったんだぜ? そりゃあもう来てるだろうさ」


 青年はまるで会いたくない者に会いに来たような、嫌そうな顔をして玄関の扉を押し開けた。


「ただいま」


「あらお帰りなさい。何処に行ってたの、伯父さんがずっと待ってるわよ」


「ごめん、パーティーのみんなとちょっと喋ってた」


「2時間前まではな」


「あっ、言うなってば!」


 青年は双剣の左手剣の方をバシッと叩く。彼の母親と思われる女性は、彼の肩ほどの高さから青年をジロリと睨み、リビングに行くように告げる。


「……おお、大きくなったな、何年ぶりだ」


「3年振りです、伯父さん」


 暖炉の前の木製テーブルには、1人の男がついていた。


 青年は自分よりもやや背が低く、それでいて屈強な白髪交じりの男に頭を下げる。テーブルを挟んで向かい合うように座り、やや目線を下に落として黙った。


「お前が喧嘩別れのようにパーティーを出て行った時の事を、俺はまだ覚えている。あの瞬間まで、俺はお前を一人前にする為に育てているつもりでいたが……お前の気持ちを考えていなかったな」


「……育ててやると言って、パーティーに入れてくれた事には感謝してた。新人がいたら足を引っ張る事以外何も出来ないのに、それを承知で入れてくれたのは、嬉しかったよ」


「闘争心を引き出して、俺達に負けない果敢なバスターになって欲しかった。悔しい気持ちが、絶対にバネになると思っていた。だが、違った。今思えば、あれはやる気を出させるという口実の、ただの意地悪だった」


 青年は3年前、バスターになってすぐにこの伯父のパーティーに入っていた。育ててくれるという誘いに乗ったが、実際には戦闘に参加させても貰えず、本当に全く、何もしない数日を過ごした。


 特に伯父の仲間は彼を見下していた。


 彼が見つけたモンスターを先に狩ろうと向かえば、魔法や飛び道具で先に片付けるなどの行為を繰り返された。


 加入から1週間後、青年は伯父に辞めると宣言して口論になった後、1人で管理所に向かい、脱退を申し出た。


「そんなお前の気持ちを、お前が抜けてからようやく理解した。慌てて慰留申請を出したが、3日後に管理所に寄った時には拒否の通知があった。俺は自分に絶望した。俺のやった事は新人潰し。バスターとして一番嫌われる行為をやったんだ」


「……もう、そんな昔話はいいよ。今となっては、もうどうでもいい。俺に惨めな思いをさせて楽しそうに笑っていたあいつらも、助けてくれなかった伯父さんも、もうとっくに憎み倒した。俺は今、もっと他に仲間と考えなきゃいけない事がある」


「俺っちも、その仲間に入ってんだよな?」


「仲間に人間も獣人も、物も双剣も関係ねえよ。皆で信頼し合えて、有益で、無駄まで楽しんでこれた。この3年間でお前が横にいなかった事があったか?」


 青年が何かと話すその言葉に、伯父と呼ばれた男は俯いた。


 後悔したから許してくれなどと言われたところで、青年には何のメリットもない。暗に、伯父の存在はもう自分には必要ないと言っているかのようだった。


「……友達とパーティーを組んだという話は風の噂で聞いた。暫くしてカインズの管理所を覗いた時、俺は目を疑った。ウォータードラゴン討伐に参加し、ゴーレム討伐、レインボーストーン発見……。こんな素質があったのに、俺達は全く気付きもしなかった」


「伯父さん、もういいよ」


「ヴィエスの商人ギルドやカインズ物流ギルドからの表彰状を持って、笑顔で写真に写っていたお前の顔は、俺達のパーティーでは見せない顔だった」


「伯父さん」


「……なんだ」


「あの頃悔しい思いをしたけど、俺は一生の仲間が出来た。俺はこの通り元気にやっていて、伯父さんがすまなく思うほど弱くない。俺は伯父さんの後悔を聞きに帰ってきた訳じゃない」


 伯父はハッとし、自分が今までした発言を振り返った。目の前にいる甥は、別に怒っているわけではなかった。ただ、失望しているだけだった。


 その理由は分かっていたのに、自分の言い訳と後悔を連ねるばかりで保身に走る姿は、3年前と何も変わっていないように見えただろう。


 伯父は青年の顔をしっかりと見て、それから頭を下げた。


「すまなかった。俺達のやり方が間違っていた。この3年間、互いに世界を飛び回り、会うことも叶わなかったが、ずっと謝りたかった」


「……伯父さん、俺がバスターを目指したのは、伯父さんがバスターだったからだよ」


「ん? どういう事だ」


「いつもギリングに帰ってくれば、俺の知らない世界の話を沢山してくれて、どんな写真も、危ない体験談も、全てが輝いて見えた。俺もその世界に行ってみたいと思った」


 青年はその頃を思い出し、少し笑顔になった。


「伯父さんは、いつも『バスターは行動で示すんだ』って言ってた。謝ってくれるよりも、俺が憧れるようなバスターに戻って欲しい。新人が頼りにして、憧れるような」


「分かった、今度はこっちが生き様を見せる番だ。お前の中の俺達が、最低なバスターのままでいないよう精進する。ただ俺達にはバスターとしての人生がそれ程残っていない。1年後……1年後、手紙を出す。会えたら、会ってくれ」


「分かった」


 伯父は立ち上がり、部屋の入口にいた青年の母親にも頭を下げて帰って行った。


「これで良かったのか? 失望したって、言ってたじゃねえか」


「失望してたさ。けど、やっぱり俺が憧れていた頃の伯父さんはカッコ良かったんだ。あんなカッコイイ頃の伯父さんとだったら、次は笑って話せる気がする」


「おめーもあの育ちのいい2人に影響受け過ぎだぜ。人が良すぎる」


「俺の心配をするケルベロスは、そんな俺よりも剣が良すぎるってか? 俺にとっちゃあシーク達に影響を受けているってのは褒め言葉だな。俺はまだ、シークやビアンカにガッカリされたくなくてもがいてる所さ」


「……同じパーティー内で、3人が互いにそう言い合ってるってんだから、おかしな話だぜ」


「何か言ったか?」


「いや。ほら着替えに行こうぜ、飯時だろ?」


「その前に?」


「俺っちを拭け! く~っ、分かってんねえ、ゼスタ!」





【chit-chat 4】青年は、憧れの戦士との再会を約束する……1年後、この町にて。

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