CROSS OVER-10


 * * * * * * * * *



 爽やかな風と、青く澄み渡った空。それでいてあまり日差しも強くないとくれば、一年で最も過ごし易い時期だ。新緑の季節は草木だけでなく、あらゆる生き物にとって成長の時である。


 青い草の匂いは風は遠くへ運んでいき、思い返すといい香りだったような気さえする。そんな陽気に誘われ、人々の動きが一番活発な時期でもある。


 そしてそれは、モンスターにも言える事。


 モンスターは一部の亜人型を除き、一般的に殆ど子育てというものをしない。弱い個体ほど群れて戦力と数を増し、食べ物を得ようとする。まさに今、そんな個体が大勢出てきており、新人バスターとのせめぎ合いが毎日繰り広げられている。


 完全に雪解けが終わり、気温も上がったこの時期のモンスター狩りが、一年の被害を左右すると言ってもいい。


「左から来ます! すぐに振り向いて……そうです!」


「ヤアァァ!」


「とてもいいです! 次、足を常に軽くして、すぐに動けるように! ベタ足はいけません!」


「ハァ、ハァ、スイングダウン!」


 そんな草原の中、大剣を両手でしっかりと持ち、キラーウルフを退治する若者がいる。ブルクラッシュ程ではないが、勢いよく振り下ろされた強撃で体を地に叩きつけ、大剣の側面を使い、打ち飛ばす。


 黒と灰色と、白が斑になったような髪、その髪からぴょこんと飛び出た2つの猫耳。跳躍をすれば大人でも敵わない程高く跳び、体の捻りも柔軟だ。


 その正体は、イヴァンである。


 数人が少し離れた所でイヴァンの動きを見守っていた。


「ああ、えっと……ヒール! まだまだ頭に呪文を思い描くという練習が足りていないな。シーク! 今の詠唱速度はどうだろうか!」


「十分だと思う! その……治癒術に関してなら、少なくとも俺よりは才能あるよ」


 イヴァンへと適時回復魔法を飛ばす女性の頭にも、やはり同じような耳がある。茶色と黒のメッシュの髪、褐色の肌。


 シャルナクだ。


「調べてみるもんだね、獣人にも魔法が使える人がいるんだなあ」


「えっと、鍛冶が得意で回復魔法に適性があって、身体能力抜群。凄いなんてもんじゃないわ」


「おいやめろシーク、ビアンカ。俺の自信が結構ばっくり抉られてる」


 イヴァンが手にしているのは炎剣アレス。シャルナクはシークが選んだ初心者向けの魔術書を持っている。使える攻撃魔法はファイアーボールとアクアのみ、他は全てヒールやケア、ディスペル、プロテクトなどの回復術や補助魔法だ。


 シーク達がそんな2人の戦う様子を見守っている理由、それを知るには少し日付を遡る事になる。






 * * * * * * * * *





「イヴァン! 3年も行方不明で死んだかと思っていたんだ!」


「シャルナク姉ちゃん! うん、ごめんなさい……」


 ギリングに帰り着いたその日、管理所の前では仕事を終えたシャルナクが待っていた。シーク達がを見つけるとすぐに駆け寄り、イヴァンをぎゅっと抱きしめた。


「皆、暫くはとても心配していたんだ。半年経った頃にはもう生きていないだろうと、イヴァンの捜索を断念した。まさか魔王教徒に攫われていたなどと誰が思うだろう」


 12歳で皆とはぐれ、イヴァンは今年15歳。痩せてはいるものの、背丈はすっかり大きくなった。シャルナクはいつも見せないような満面の笑みを浮かべる。


「ひとまず、中でマスターに報告しよう。ヒュドラは勿論、山の中で見つけた魔王教徒の野営地の事も」


 シーク達はマスターを呼び、いつもの応接室でシュトレイ山の火口湖付近で起こった事を詳細に説明した。


「ムゲン自治区付近で発見された魔王教徒の拠点でも、3人の捕虜が保護されました。獣人はいなかったそうです」


「他の場所にも拠点があるのかも。それに、魔王教徒はあのアダム・マジックまでアンデッドとして利用しているかもしれないんです」


「えっ!? アダム・マジックは没後二百数十年、今も墓地はしっかり管理されているはずです」


「その墓守や警備が、魔王教徒と繋がっていないと断言出来ますか」


「……分かりました。すぐに北東のノースエジンの管理所に連絡を取り、調査に向かわせましょう」


 まさか墓が掘り起こされている可能性など、この数百年誰が考えただろうか。


「骨だけになったような姿でも、本当にアンデッドとして復活させられるのかな」


「試しに死霊術士を習うって訳にもいかねえからなあ、そこは何とも」


「そうだ、アレスの事! イヴァン、アレスをマスターに見せてあげて」


「あ、はい。分かりました」


 イヴァンは背負っていたアレスをテーブルの上に置く。その大きく白い刃の見事な輝きに、マスターも思わず見とれてしまう。


「炎剣アレス……これでとうとう全ての伝説武器が見つかったという事ですね。ああ、盾はその、鎌になっちゃいましたが」


「盾権の尊重だ、仕方ないね」


「鎌権? いや、なんだか分からなくなってきたから盾権でいいや。それで、このアレスをどうするかなんですが……」


 シークがそう話を切り出すと、イヴァンが不安そうな顔になる。


 流石に火口湖から1週間程も一緒に行動していれば、目の前に「ある」アレスが哀れに思えてしまうのだ。


 先手を打ったのはアレスだった。


「あの、ボクは願わくばイヴァンさんに使って貰いたいのです。人間やバスターの掟の話は聞いたけど、ボクはどうしてもイヴァンさんがいい。他の持ち主なんて考えられないのです!」


 マスターは突然喋り出したアレスにビックリしつつ、どうしようかと悩む。


 武器を扱う者が絶対守るべきルールに、むやみに例外を作っていいものか。


 アダマンタイトがたとえバスターの全等級で認められる素材……まさに盲点でもあったのだが……だとしても、一般人に持たせるとなれば話は別だ。


 しかし獣人に対して人間に合わせろ、バスターとなるべく義務教育を終え、更に職業校を卒業しろというのはあまりにも酷だ。


「イヴァンはどうしたい? アレスを持って、バスターになりたいって気はあるのかい?」


「もちろん、いずれは誰かの助けになるべく、アレスと一緒にその道を進みたいです。でも、ぼくらがバスターになるのは勉強や学校や、色々と難しそうですね」


 イヴァンはアレスを手放したくない気持ちを明かす。それを聞き、今度は武器達が一斉にアレスの想いを全力で援護した。


「武器にとって一番いい形というのは、人間が決めた形と同じとは限らないんだ。アレスはイヴァンに使われたいのだから、武器側の主張も汲んでいただきたいね」


「そうだぜ! だいたい、アレスが人間を傷つけると思うか? 伝説の武器を舐めてもらっちゃあ困るぜ。獣人の身体能力も高いんだし、武器の扱いの適性もピカイチだ」


「元々獣人は12歳から狩りもモンスター退治もしよるんよ。今更それを駄目っち言えるかね?」


 武器達はここぞとばかりに自分達の権利の保護や、人間のルールに合わせようとするのが間違いだと主張する。


「獣人の方が人口は圧倒的に少ない。だから人間側のルールを強いる、というのは余りにも傲慢だと思わないかい」


「それは、そうですが……」


 マスターは腕組みをして暫く考え込んだのち、あくまで仮の措置ですが、と1つ条件を出した。


「……協会が判断を下すまで、あくまでもこのギリングの裁量で所持を認めます。ギリング支部の管理下にある村まで、それ以外の町や村へは炎剣アレスを所持して向かう事は出来ません」


「ってことは、つまりボクはイヴァンと一緒にいられるんですね! やった!」


「管理下にある町や村であっても、武器を所持して歩く際は必ず誰か、あなたの保護者となれる人を同行させて下さい」


「つまり、俺達が行動を共にするのが条件、ですね。分かりました」


 こうしてイヴァンはアレスの使用を暫定的に許可されたのだった。

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