CROSS OVER-09

 

 アレスは何度もイヴァンを持ち主に選びたいと懇願する。きっと目があったならキラキラと輝かせていたはずだ。そんなアレスの発言に驚いたのはイヴァンだけではない。


「え、ちょっと待てって。イヴァンはバスターじゃないし、そもそも解術式がどう関係しているんだ?」


「はい! イヴァンさんは背中の解術式で封印を解いた際に、ボクが封印に使っていた力をそのまま吸収しているんです!」


「……はい?」


「その力と、元々イヴァンさんが持っている力が、とても上手く馴染んでいるのです! ああ、イヴァンさん、すぐにでもバスターになって下さい! 出来れば、今すぐに!」


 訝しむゼスタの心を知ってか知らずか、アレスの興奮は止まらない。


 解術に使われてしまったせいで、イヴァン自体がアレスの力を受けた状態にある、ということらしい。


「獣人に対してバスターの規則は当てはまらないかもしれないけど……職業校にも通っていないし、まだイヴァンは17歳になっていないんだ」


「何か良く分かりませんが、ボクをイヴァンさんが持ってはいけない理由があるってことですか」


 シークは、現在のバスターがどのようなものかを簡単に説明する。まだイヴァンは幼さも残る顔つきをしているし、戦いは負担も大きい。


 アレスはあからさまに落胆し、分かりましたと言って黙ってしまった。


「とりあえずヒュドラの死体も完全に始末出来たし、死んだ連中の弔いも俺らなりに済ませた。早いとこ出発しよう、長居は無用だ」


「そうだね。村までだって3日くらいかかるし、ヒュドラがいなくなって、逃げていたモンスターも戻ってくる。急ごう」


 シーク達だけ全て片付けるのは難しい。あとは村や管理所に話して決めて貰おうと、一行は荷物を纏める。慣れない軽鎧に苦戦するイヴァンの着替えはビアンカが手伝い、アレスはとりあえずイヴァンが背負うことになった。


「ねえ、イヴァン。ギリングの管理所であなたの事情を話すけど、今後はどうするつもり? ナンに帰りたいでしょうけど、流石に私達はモンスター討伐があるから送ってあげられないわ」


 イヴァンの旅費を工面する事は難しくない。しかしイヴァンはこの世界のことを知らな過ぎる。1人で帰れるとは到底思えない。


 シーク達は旅の必需品を買い足すお金だけでなく、アークドラゴンと戦うため、少しでも装備を良くする必要がある。時間もお金も惜しい時期だ。


 シークはもっと良い魔術書を買わなければならないし、自分達の旅費も当然かかる。


 管理所にお願いすれば揃えてくれそうなものだが、立場や強さを利用して贔屓してもらう気は毛頭なかった。


「そう、ですね。父さまにも母さまにも早く会って無事を報告したいです。帰る手段どころか、この場所がどこにあるのかすら分からないので、まずはそこから調べて、なんとか帰ってみせます」


「あいにく俺達にも金銭面でも時間の面でも余裕がある訳じゃないんだ。シークはまだオレンジ等級の、間に合わせで買った既製品の魔術書を使っているし……無い袖は振れない。最後までしっかり面倒を見てやれなくてごめんな」


「シャルナクもいるから、色々相談も出来ると思う。もちろん、出来る手助けはするから」


「いえ、助け出して下さっただけでも感謝しきれないのに、今後の事まで心配して貰う訳にはいきません」


 モコの役場に電話を掛け、ナンの獣人に知らせて欲しいと頼んだなら、イヴァンが無事である事はすぐに伝わるだろう。今はシャルナクのおかげで、その連携も以前より随分と楽になっている。


「ん~、イヴァンが村に帰るとして、問題はアレスがどうなるかだね。アレスがイヴァン以外の持ち主を欲しているとは思えないのだけれど」


 確かに、アレスはイヴァンを持ち主に選びたがっている。アレス曰くイヴァンには適性もある。そんな状況で、アレスが納得して次の持ち主に扱われるとは思えない。


 イヴァンに背負われたアレスは、どこか離れたくないとでも言いたそうな雰囲気を醸し出している。


「今回みなさんに助けて頂いた事で、今度は自分が誰かを助ける側になれたら、とも考えています。だから、いずれはぼくもバスターを目指すかもしれません」


「それなら、アレスを持っていくという手はないのかい? 『無い武器』は振れないのだから」


「袖に対抗するなよ」


「ゴウンさんに渡せばアルジュナとも旅が出来るし、いいと思うんだけどな。まあお互いに少しゆっくり話してみなよ」


 アレスの希望はもう分かっている。シーク達はそれを咎めるようなつもりはない。ただ、イヴァンと共にバスター稼業に出るまで、人間側の基準では数年掛かる。


 アークドラゴン戦で活躍して貰いたいシーク達にとっては、その間だけでも別の持ち主、出来ればカイトスターか、ゴウンに使って貰いたいところだ。


 それぞれの思いは1つに纏まらない。幾ら悩んでも、イヴァンがどうなるのか、人間の基準を当てはめるのか、それはシーク達だけで決められる事ではなかった。





 * * * * * * * * *





 足場の悪い山道を歩きはじめてから3日が過ぎ、一行は朝方にイサラ村へ到着した。


 村からギリングへと電話を掛け、管理所にヒュドラ討伐の報告を入れる。魔王教徒の遠征拠点がヒュドラによって壊滅させられた事、イヴァンを保護した事なども伝えた。


 シーク達は慣れたものでも、久しぶりにしっかりと動いたイヴァンはヘトヘトだ。悩んだ末に、その日は村でゆっくりする事にした。


 シャルナクに電話を代わりイヴァンと話をさせると、シャルナクはまさかの相手にしばし言葉が出なかった。イヴァンはもう死んだと思われていたからだ。


 久しぶりに同郷の獣人と話が出来たせいか、イヴァンは抑えていた感情が一気に溢れ出した。


 声を上げて泣きながらどれ程自分が怖い思いをしたのか、どれ程辛かったのかを明かす姿を見て、ビアンカももらい泣きをしてしまう。いったいどちらが助けられた者のか分からない程だ。


「そりゃそうだよな。捕まって、実験に使われて、んで目の前でそいつらが巨大なモンスターに殺されるのを見て、何とも思わない方がおかしい」


「いつも他人に頼ってばかりだけど、やっぱりこの件、シャルナクにお願いした方がいいね。イヴァンもその方がきっといい」


 歳相応な態度を見せるイヴァンを見つめながら、3人はひとまず安心していた。


「……シャルナク姉ちゃんが、アレスの事を聞いてくれるそうです。獣人が住むナン村にも、バスター管理所というものを作る話が出ているって」


「そうなれば獣人の世界も安全になるし、外に出て人間のルールに戸惑うこともなくなるわ。場合によっては人間のルールを改めるべきかも。良い考えね」


「シャルナクがそこまで話を進めているのなら、ムゲン自治区の魔王教徒も、ある程度制圧出来たんだろうね」


 ムゲン自治区についての心配事を話さなかったのなら、もう安全という事なのだろうか。詳しい事は直接聞かなければ分からないが、アークドラゴンだけに集中できる状態になっているのなら良いニュースだ。


「ねえ、シャルナクも里帰りしたいって思ってるんじゃないかな」


「そうだな。イヴァンを送り届ける時、シャルナクも一緒に行けたらいいな」


「自分の意思で来たと言っても、寂しいはずだよね。せっかくだし、提案してみるよ」


 イサラ村で休息を取った翌朝、村の役人がシーク達の宿を訪ねて来た。今回の件でギリングと連絡を取った結果、ギリングが村周辺の整備に協力してくれることになったのだ。


 役人は、馬車を護衛してくれるのであれば、ギリングまで乗せてくれるという。その申し出を有難く受け入れ、シーク達はシュトレイ山脈を後にした。

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