ALARM-15
「シーク、伏せるんだ、すぐ」
「……!?」
シークがバルドルを大きく振りかぶり、ヒュドラの首を斬り落とそうとした時、バルドルはシュッと鳴る風の音に気付いた。シークが咄嗟にしゃがみ込むと、頭上を何かが物凄い速さで通り過ぎる。
「え、何?」
「矢だね」
「矢!? ああ、ここにいる人達がヒュドラ退治に協力してくれるつもりなんだね。でも危ないな……」
「いや、どうやらそうではなさそうだよ」
シークが攻撃する手を止め、矢が飛んできた方へと顔を向ける。
「えっと……これって、俺達を狙ってない?」
振り向くと、瓦礫と化したテントや小屋や壊された道具の上に、20人程が立っていた。皆シーク達へと矢を向けて弓を構えており、その視線は明らかにヒュドラに向けられてはいない。
「ビアンカ! ゼスタ! いったん退け!」
「何? どうしたの?」
「周りを見ろ! 俺達が狙われてる!」
ビアンカとゼスタは戦いに集中していが、シークの言葉でようやく周囲の異様な状況に気付く。シークの声で不意打ち失敗を認識したのか、今度はあからさまにシーク達を狙った弓や魔法が飛んできた。
弓を構えた者、術を唱えようとしている者、それらがシーク達に協力的ではない事は明らかだ。3人はいったんヒュドラへの攻撃を止め、ヒュドラを盾にするように視界から逃れた。
「どういう事だ? 俺達を狙ってたよな?」
「お嬢の頭の上を矢が飛んでいったばい。あれは間違いなくお嬢を狙っとった」
「俺っちは完全にヒュドラで死角に入ってたからな、気付かなかったぜ。何でヒュドラじゃなくて俺達を攻撃するんだ。拠点を破壊されて、仲間も殺されてんだろ? 助けようとした俺達を追い払おうとしているみたいだぜ」
「……とにかく、いったんここを離れるしかない。なんとか瓦礫の山を越えて逃げないと」
「グルルル……」
「キャッ! この状況で戦うのは無理ね、悔しいけど仕方がないわ!」
死角から姿を現すと、後方からすぐに矢が飛んでくる。かといって近づき過ぎればヒュドラの挙動に対応できない。全ての攻撃を避けながら、シーク達はせっかくここまで攻撃を続けて消耗させたのにと悔しがる。
「でも、どうやって逃げよう……この山道への出口を塞ぐ瓦礫……うわ、土砂崩れまで起こしてやがる。越えるのはきついぞ」
「僕達の出番だね。今の戦いのおかげで少しなら共鳴も出来るはずだ。君達の身体能力を最大限使って逃げてみせるよ」
「それ以外に今は手段が思い浮かばない、頼んだよバルドル!」
無茶をしないだろうかと不安になりながら、シーク達は共鳴をするためにヒュドラから距離を取り、破れたテントの陰に隠れた。
それを狙うように矢と魔法が放たれ、3人を追いかけるヒュドラへと当たった。
「グルルル……」
「ヒュドラがあっちを向いた! 今だ」
ヒュドラがこちらを見ていないうちに気持ちを落ち着かせ、武器達に体を預ける。地面を擦るような音と共にヒュドラが方向転換し、弓や魔法を放っていた者達の方へと向かっていく。
慌てふためく声が響く中、3人は土砂と瓦礫の山を駆け上がって越え、窪地の縁まで這い上がった。
「……あ、脱出出来たんだ、有難う」
「どういたしまして。斜面が崩れやすくて、これは普通の人間では抜け出せないね」
「共鳴の間、好き放題して倒しちまったかと」
「それならもうちょっと疲れてくれねえとな」
共鳴を終え、3人は静かに目を開けた。安全な場所まで避難出来た事が分かってホッとしたのも束の間、真下の広い窪地の中は再び地獄絵図と化している。
残された人間がまるで人形のように投げ飛ばされ、炎に焼かれて倒れていく。
しかし、シーク達がこの状況から彼らを救うことはもうない。見殺しにするのも辛いが、助けに行くと自分達が彼らに狙われる。
幾ら優しいとかお人好しだと言われようと、流石に自分達を殺そうと企む者達を救いに行く程、博愛主義ではない。
「助けようとすれば俺らが狙われる、でも俺らがいなけりゃヒュドラに殺されていく……一体、あいつらは何が望みなんだ」
シーク達をチラチラと見る者も、次の瞬間にはヒュドラに押し潰される。目を背けたくなる状況は、最後の1人が倒れるまでずっと続くのだろう。
「『出るバスターは撃たれる』って事だね。あまり堂々と覗きこまないで、隠れておくべきだ」
「そんな、物理的なことわざじゃないんだけど」
「私達を狙う理由は何かしら。もしかして、魔王教徒?」
「可能性はあるな。ヒュドラに何かして、操ろうと思っていたんじゃないか?」
「殺されたら何にもならないのに……」
3人が惨劇を気分悪そうに見てる。その時、シークが手を振って大声で叫んでいる人物に気が付いた。やや皆とは離れた所で、明らかにシーク達へと手を振っている。
「……助けてくれって、言ってるね」
「こっちを助けずに殺そうとしておいて、何で助けてくれなんだよ」
「……いや、待って。あの人、装備を何も着ていないわ。足も……裸足みたい」
「寝てて逃げ遅れたんじゃねえの? 殺そうとしてごめんなさい、なんて許せると思うか? あいつらは間違いなく俺達を狙ってた」
ゼスタが鼻で笑い、矢が掠った防具の傷をなぞる。ビアンカもシークも、それに反論する事は出来ない。だがこの状況において、その男は1人だけ皆と動きが違う。他の者と固まって逃げる訳でもない。
シークはそれが気になり、しばらく目を凝らしていた。そしてバッと立ち上がり、バルドルを掴んだ。彼の状況に気が付いたのだ。
「みんな、ここにいて! バルドル、人を1人抱えてでも戻って来られるかい」
「それ自体に問題はないよ。共鳴が解けた後、君がドッと疲れるだけさ」
「それなら良かった。行くよ」
「どういう事? ねえ、シーク!」
シークは斜面を滑り落りる前にビアンカへと振り向き、自分の推測を簡単に告げる。
「あの人、多分捕虜か何かだと思う! 奴らの仲間じゃないんだ、足首に何かはめられてる!」
ゼスタとビアンカが驚き、他にもそれらしき者がいないかと目を凝らす。シークは手を振っていた男の所まで駆け寄ると、細かな話は後だと言って物陰に隠れさせた。
少し離れた所で共鳴し、その男を抱えてまた瓦礫と土砂を越える。バルドルはシークに体を返す前に、男をそっと降ろしてから共鳴を解いた。
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