ALARM-14


 ヒュドラは軍隊が遠征の拠点にしているような、大掛かりな野営地を襲っている。それ以外の状況は何も分からないが、目の前で襲われている人々を見殺しにする訳にはいかない。


 こんな場所にまさか丸腰で来ることはないだろう。皆をヒュドラから守れたなら、シーク達に協力し、治癒術や陽動で支援してくれる可能性もある。


「俺が魔法で惹き付ける、その間に……」


「もしよければ、『魔法剣』と言い直してもらっても?」


「……魔法剣で惹き付ける。その間にゼスタが不意打ちをして引き継いでくれないか」


「分かった。ガードは無理だろうから、回避に専念する」


「えー!? 斬ってくれねえのかよ!」


「ったく、武器の主張が激しいな。時々は斬る、全部回避なんて出来るかっての」


 バルドルもケルベロスも、己の出番を欲しがる。出番がないなんて事は勿論考えられないのだが、確約を得られて嬉しそうだ……声色の限りでは。


「グングニルとケルベロスにも魔法を掛けるから、手応えがある魔法を教えて欲しい」


「了解。ゼスタがガードしてる時だけ直接攻撃するわ。頼んだわよ、ゼスタ、ケルベロス、グングニル」


「期待には応えちゃる。ゼスタちゃんが危ない時はお嬢もガードに回ってやり」


「……槍だけに」


「そこ! うるさいわよ、『坊や』」


 シーク達は一気に惨状の現場に駆け下りて行く。斜面は少し触れただけでボロボロと崩れ、その姿は蟻地獄の巣に飲み込まれて行くようだ。


 そのまま滑るように降りきると、目の前には多くの人々が右往左往していた。皆、斜面が崩れて上がれないのだ。唯一の道は破壊された小屋やテントの残骸で塞がれ、ヒュドラは盛大に暴れ狂っている。


 ただ、黒の軽鎧装備をしっかりと着込んだ者の姿もある。ヒュドラが相手でなければそれなりの実力はあるのだろう。


「……あまり見たくないんだけど、結構な犠牲者が出てるわね。あっちにも……あっちも」


「ビアンカ、ゼスタ! 先に魔法を掛けておく!」


 シークが逃げ惑う人々の流れに逆らい、ヒュドラに駆け寄って行く。バルドルの要望に沿うため、律儀に魔力を刀身まで送り込み、体を左に捻って横一文字に振り切る。


「エアリアルソード!」


 最初の攻撃は全力と決めている。シークの一撃がヒュドラの首の1つを音もなく斬り割き、数秒して一気に血が噴き出た。


 ヒュドラは自分の身に何が起こったのか分からず、一瞬立ち止まった後、別の頭で確認した。首の半数をシークの方へと向け、威嚇するように大きく口を開く。


「エアリアルソードは有効だね! ゼスタにはアクア、ビアンカにはトルネード!」


「んじゃ交代! 行くぜケルベロス!」


「クロスソードから、そのままいったんガードに持ち込め。俺っちがヒュドラの攻撃を魔力解放して軽減する」


 ゼスタが飛び出し、ヒュドラの右前方に躍り出た後、首を全て斬り落とすつもりで技を繰り出す。


「剣閃!」


 ゼスタの水平の一振りが、ヒュドラの首の大元を斬り割いた。首を落とす事は出来なかったが、右の2本は支えが利かず、だらりと垂れ下がっている。


「よっしゃ! 全力なら攻撃通るぞ!」


「分かった! アクア!」


「ゼスタ! ガードだ!」


 体が大きく手足は短い。そのため腕や足での攻撃は全く気にする必要がない。だが9つもある首を振り回し、キリンの雄が縄張りや雌争いをする時のように、ゼスタへと首を次々に打ち付けてくる。


「ガードっつったって……ぐっ、踏ん張りが利かねえ!」


 一撃を喰らえば片足が浮きそうになる。普通なら踏ん張り直すのだが、次々に首が打ち付けられるせいで立て直せない。しまいには弾き飛ばされてしまった。


「ゼスタ、ガードはどうしようもない時しか通用しそうにねえ! 攻撃しながら回避だ! おっとビアンカが撃つまでもうちょい粘れ!」


「トルネード!」


「破ァァァ……アンカースピアァァ!」


 ビアンカが足に気力を集中させて一気に高く跳び上がり、ヒュドラの長く太い胴体を真上から深く突き刺した。


「ギエェェェ!」


「いける! トルネード有効よ! 鱗も、これなら全く問題ないわ!」


 ビアンカが胴体の上に飛び乗り、バランスを取りながら襲い掛かってくる首を躱す。自身の背丈の倍ほど太いヒュドラの胴に技を放ち、鱗を飛ばし、肉を抉っていく。


「お嬢! スマウグを撃ち! その反動で一度降りるばい!」


「分かったわ! シーク、魔法を!」


「トルネード! 毒に気を付けろ!」


 ビアンカがスマウグを至近距離で放ち、その反動を利用してヒュドラから離れるように飛び降りる。


「一番の強敵だと思っていたけど、一番手応えがあるな! ケルベロス、頼むぜ!」


 ゼスタがヒュドラの真ん前で業火乱舞を繰り出す。その手数の多さに翻弄されながら、ヒュドラは次第に苛々を募らせていく。


 垂れ下がった2本以外の首をゼスタの目の前まで伸ばし、大きく口を開いて炎を吐き出した。


「ケルベロス頼むよ、アクア! アイスバーン!」


「シーク、首が伸び切っているうちに何本か斬り落とすんだ!」


「分かった! ……エアリアル・ブルクラッシュ!」


「破ァァァ……流星槍!」


 風の刃を振り下ろしたシークに続き、ビアンカが一番太い真ん中の首めがけて、矛先を光らせた強力な突きを繰り出す。残った首も2つだらりと垂れさがり、真ん中の首も中ほどが少し抉れた。


 ゼスタの誘導がなかなかの効果を発揮していた。


「ギエェェェェ……ギエエェェ!」


「何かくるよ」


「何かって……何さ! 全員……アクア・オール! 息止めろ!」


 ヒュドラが5本の首を器用に3人それぞれに向け、炎のブレスと同じモーションで毒霧を吐き出す。3人は躱すように後退し、目元と口元を腕で覆った。


「くっそ、近づけない……トルネード……は、毒が風でまき散らされるし……エアリアルソード!」


「まだ退避しておいて! この技、派手すぎてみんなを巻き込んじゃうから……牙嵐無双!」


 ビアンカが大気中の静電気を集め、グングニルの矛先に溜める。バチバチと音を立てる雷は、ヒュドラめがけて解き放たれた。


「キィィィ!」


 雷に撃たれ、ヒュドラの残った首が天を仰ぎ見るように仰け反って悲鳴を上げる。


「いける! 攻撃がしっかり通用するわ!」


 ビアンカが確かな手応えに自信を持ち、また技を放とうとグングニルを構える。しかし、それをバルドルが大声で遮った。


「良く見るんだ! 右の2本の首が復活している!」


「えっ!?」


「ゼスタ、いったん下がって! ……ストーン! トルネード……ソード!」


「シーク、左の2本の復活を阻止しておくれ。自己再生されたらきりがない」


 シークはまだ垂れ下がったままのヒュドラの首を完全に斬りおとそうと、斬撃を畳み掛ける。ヒュドラ自体への攻撃としては通用しないが、傷口を焼こうとファイアーボールを連続で浴びていく。


 周囲の組織を死滅させ、再生を止める事が出来ないかと考えたのだ。


「ゼスタ! ストーンを幾つか置くから、回避に使ってくれ!」


「分かった!」


「多分、ビアンカの攻撃が一番効いてる! 首よりは狙いやすいはずだから、胴体を集中攻撃頼めるか!」


「了解。シーク、魔法時々掛けといてね!」


 3人共、戦闘において役割を任されると俄然やる気が出る。ビアンカは胴体のねじりや尻尾での払いのけを潜り抜け、アンカースピア、流星槍、スマウグを立て続けに喰らわせる。


 周囲にいた者達は、離れた所からその戦いを見守っている。出来ることなら手助けして欲しい所だが、流石にヒュドラ相手に戦えとは言えない。


 それでも前方のシークとゼスタ、後方のビアンカによって体の動きが封じられ、ヒュドラの攻撃は単調になってきた。首を使った打ち付けか、毒霧、火炎のみとなって、慣れたてきた3人は然程脅威と感じなくなる。


 シーク達はじわじわとヒュドラを消耗させつつ、今度こそ3人立ったままで勝てると意気込んでいた。

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